昨日の争闘が食欲まで及ぼし酷い状態である。
この6年放りっ放しの歯であるがポロポロ櫛の歯が抜けるが如くであった。

お互い抜けあい上下の噛み合せがなってない。
意地でも治療しない。
老けの実情を味わっている頑固者。

あのぶん殴る瞬間、無理強いに力を入れたので下のその歯がぐら付き
親知らずの抜歯後に奥から順になくなっているが、最後の要歯がいよいよやられた。

相撲取りは奥歯がほとんどやられると岩下会長から伺った。
モナコパチンコグループの成功者。出は八代で自宅は一の鳥居の西。全国愛欄界会長。

佐渡ヶ部屋・琴桜は鳥取の生んだ32歳の遅咲き横綱。
夫人は女優岩下志麻似でより美人の岩下家長女。日向の人。
小品盆栽で出入りしたもんである。合掌。

食事ができない。
パンはおろか豆腐一丁でさえうまくいかないから夏場も絡み体力がおぼつかない。

歯根とはよくいたもので根っこのみ糸でと止めたるが如くで口内をフラフラものが絡まってる状態。。
舌で転がして遊んでるのが歯でおかしなものだ。痛みを楽しんでいる不謹慎もの。

抗生物質のオレンジ色一服欲しいが手元になし。黴菌で抜歯は怖くてたまらぬ。
抜歯でなく抜糸が正確な状態。何十年も連れ添った人とのつらいわかれ。

歯が横向いてて、歯と歯で横になった歯を噛んでる状態。
よくわかんない。?デショウネ。本人自体がそうですもの。ビデオで見てみたい。

頭の中心は後遺症でヅッキ〜ン、ズッキ〜ンと後頭部を包丁かなんかで切り取って捨てたいほど。
ボヤ〜〜ッとしている。微熱が気にかかる。

昨夜電話「どんげな〜」思い切りきった。
今朝になり又電話をよこした。
「微熱ぐらいならいいわ〜〜警察にいきない、それから病院にいきない。ほんならな〜〜」。
反省の弁は全く無いようだが、まぁ〜心配はしてるようだ。

いきなり後ろから後頭部をボガッ!
ヘルメットを常備被ってるわけでなし。
後ろに目があるわけでなし。

知ってるが故に、警察沙汰は可哀想である。
それも見越しての、暴力専門の方でさえしない異常行動をしたんであろう。

こんな異常者、精神科に入院させないと社会の平安無事はありえない。
病気持ちは強制隔離。季節の変更は困ったもんだ。

「楢山節考」の役の時、前歯を抜歯して山に捨てられる老婆を演じた役者魂からすれば
なんてぇことはない。

映画監督・進藤兼人を一躍世界の舞台に押し上げた名優音羽信子。実の夫婦でもあった。
持つべきものはよき妻。夫婦付随

お盆に中世伊東氏の霊が抜けないでいる。
日本の不幸のひとつに南北朝時代がある。

伊東家でも先に日向に下向していた国富八代・伊東祐広
三大敵討ち曽我兄弟に討たれる工藤祐経の孫になる。

建武2年(1335年)熊本・菊池武敏と気脈を通じ宮方・南朝方についた。
本家・都於郡・伊東祐持は北朝・武家方・足利尊氏方ゆえ戦場で合いまみえた。

忠臣・伊東祐広は仲間を集める戦略を用いた。
祐貞、祐勝、西都穂北平島資成を味方につけた。
さらに宮崎城・図師隋円、慈円
跡江・瓜生野八郎左衛門
高城・肝月兼重

立てこもったムカサ城は建武三年(延元元年)に落城。八代城に逃げる。
さらに猪野見城、土持宣栄にせめられ落城落命。
八代城址にはこのブログを呼んでいただいてる方と何年か前行った。

八代中、郵便局がこの地域の中心だが
それより東に下ったところ八代川上原の東端にある。

伊東祐広功公誠忠碑 430文字近い碑文・約3M 建立昭和10年4月
建立者が書いてないがこの時期の八代村長は杉尾明村長
佐土原の杉尾明??を知ってたが聞くの忘れてた。

今日は祖霊と英霊の魂・終戦の日。
犠牲者310万の霊がウジャウジャいる。
死霊を追悼し安寧を祈りたい。
御魂、御霊よ安らかに。

八代はその後幕府領天領の地国富町に吸収国富が中心部となる。
その本庄小の前の六日町の「義門寺」
伊東祐国の一族細川小四郎義門が改築したもの

ここがあの太平洋戦争を本土玉砕から救い、玉音放送敗戦に導いた人が眠る。
にほんを一億層玉砕から救った人だ。

田舎には貴人は珍しく東大教授平泉澄が墓碑銘を揮毫した。
  近藤伝八大佐の墓である。

終戦秘話に
「宮城事件」が歴史に刻まれている。

玉音放送の盤の争奪戦。
敗戦宣言か戦争の継続化であった。

近藤伝八は国富の雑貨商に生まれた。
旧制宮中大宮高から熊本陸軍幼年学校・陸軍士官学校41期性
1938年首席で卒業。

首席のみに与えられる軍事講義の御前講義の名誉を得た。
恩賜の軍刀を賜っている。

阿南惟幾(これちか)は終戦を進めるにあたって困難の時局を抑えきれる唯一の人物。
45年1月ベトナム・サイゴン(ホーチミン)にいた。

近藤伝八大佐は大本営参謀本部にいたが、本土に呼びもどすため飛び立った。

娘婿市村真一京大教授
「阿南大将を陸軍大臣にするため国内に呼び戻すという軍の密名を帯びていた。」
この頃の無線は解読傍受されている。

「大将は輸送機に乗っている。」
自分の乗ってきた機に阿南大将をのせ、自分は輸送機に乗りおとり作戦。
輸送機は爆撃で墜落して阿南は帰国できた。
降伏反対を乗り切り玉音放送の8・15を迎えた。

終戦に向けて命をささげた終戦の影の功労者
証言してる人は日向の出の津田安敬

宮城事件の時は埼玉陸士も生徒であった。
そのエピソードを語る。

上原重太郎大尉(24)
「近衛師団長森師団長はボウ大尉に殺害された。
   帝都に行って報道機関などを制圧するから武装せよ」」

手持ちの軍刀の刃こぼれ、血で汚れていた。
ボウ大尉といいながら実は自分で殺していた。」
森赳師団長が皇居を守ると玉音版奪取に同意しなかったからである。

戦争継続で玉音放送盤を奪おうとしていた。
見つけきれず失敗。
戦争継続の玉音放送の中止か敗戦かこの時点で決まった。」

8・15陸士学校。
徳川好敏校長
「陛下の言葉に従うよう」訓示
次の瞬間壇上に上がり
 「徹底抗戦!」
「武器庫銃弾武装」

車は学校側からパンクさせられ出動できなかった。
陸軍士官学校近辺にある雄叫神社で割腹。

「19日軍刀の束を地面において刀を上に向け其の植えに覆うようにかぶさって腹を切った苦悶の表情は見えませんでした
」介錯され首の皮がつながってる遺体」霊安室で見た。

横穴の防空壕をスコップで一生懸命一緒に彫った。ほかの隊長は指導監督するだけだった。
包容力がある人だった。

きょう正午重大な発表がある。
医学生山田風太郎に講義中にまわされたメモ。
「休戦?降伏?宣戦布告?」
迷わず、宣戦布告に丸をつけた。

「帝国臣民にして先陣に死し、職域に殉じ、非命にたおれたるもの、
   およびその遺族に想いをいたせば五内ために裂く・・」

僕は全身の毛穴がそそり立った。負けぬとの教育だったから当然であろう。
「自分は生まれてからこれほど血と涙に咽ぶような声音というものを聞いたことはない。」
                             戦中派日記・講談社文庫

安倍総理はこあたり見習うべきである徹底抗戦!いさぎよさ。もののふ。美しい国。

では大和魂・神風の国。戦を長引かせておればいつかは勝っていたのであろうか。
「一億総特攻の本土決戦」
これ以上の必死さは無いほどのスローガンまさに笑止。(なんだと貴様非国民!)

惟は古来より伝わる、日本人の魂、捨て身必殺の剣法からあみだしたるもの。
極意は「相打ち」である。(勝ってないジャン!)

戦闘主力。
 大本営陸軍部
   航空戦力一万機
    練習機を改修シタモノ75パーセント
   海上特攻3300隻
   駆逐艦19隻
   潜水艦38隻
  陸海空動員兵力240万人

国民義勇戦闘隊2800万人
   構成
    15才〜65の男
    17才〜45の女
  戦術
   苛烈な体当たりに反復。
   劣勢は切り込みと対戦車肉薄攻撃
      苛烈は黄色い火薬10kgを梱包し信管をつけ背負い
      戦車のキャタビラの間に身を投ぅじる。
      自爆する。・・・・これ・・・一死必砕の戦法
    取り扱い極秘。
    敵スパイに知れぬよう極秘行動で訓練する。

太平洋戦争に限らず、あらゆる戦争は無残な敗北にとどまらず、
日本の場合は精神性を尊ぶ国ゆえ国家の根幹、八百万の神々その神々の敗北という深刻な打撃を感受した。

玉音放送による敗戦の認識を飲み込むことはできない。あれほど
  「耐えがたきを耐え〜・・しのびがたきを偲び・・・」
一億火の玉で戦ったではないか。
   それでも 極東の近代日本は敗れた

   文明的本能マニフエスト・デスティニ
   太平洋を西に向かって進出教化しようとする文明本能の世界戦略
   アメリカの文明に負けたのである。

   八紘一宇の精神は手に持つ青竹の竹やりの精神さえ生かさないう   ちに崩れ去ったのだ。

    民主主義・・・良くはわからぬが勝ったアメリカの国民の持っ    てる文明らしい。

    そんなに強気精神力なのか。
    大和魂より強気精神文化があったのである。
    嗚呼!民主主義文明。

    みたみわれ いきるしるしあり 天地の
        栄えるときに 逢えらくおもえば

        おろかな!
      後世の人々よ!
     未来輝く若者よ!

民主主義とはどうですか。
そんなにいいものですか。

この最強の太平洋を渡ってきた文明があれば
大和の民俗の未来は見えてきてますか。

太平洋戦争に散った御霊は犬死であったと言わせないでください。
身の回りに二軒に一軒は何らかの戦争犠牲者。
否!
62年前戦火の下を生き、右往左往してた先祖はみな戦争犠牲者。
子孫に苦難が起こらぬようひたすらお国のため全力で戦い生き抜いた。

英霊の御霊があればこその繁栄である。
お盆の祖霊もお帰りで忙しき本家を中心とした家々。

伝賦されてる無宗教の国日本は一神教から見た宗教態度で
所詮多神教民族の宗教心は理解されようはずもない。
それにしてもこの蝉の声はなんだ!

やがては死ぬ 景色は見えず 蝉の越え 芭蕉

玉音放送の全文と肉声録音盤

http://www2.tokai.or.jp/isya/souko/gyokuon.html

お気に入り日記の更新

最新のコメント

日記内を検索