解語

2008年4月4日
桜前線との言葉があった。
宮崎から東京までの満開具合からほとんど同時で季節の変化を感じる。

聖火というぐらいである。
聖火リレーで各国が開催国と同じ思いをとりわけ平和を共にする。
その聖火が消えずにうまくリレーされるか疑問である。

24日ギリシャの発火の式典に「国境なき記者団」が乱入。
聖火リレー三日目のトルコでの妨害が起きた。
国境なき記者団のメンバーの国のパリ入りを前にこれだ。
いずれ日本も28日だったか聖火が来る。

開会式ボイコット5ヶ国にはドイツも名を連れる。
「よりより世界を」なる人権侵害の抗議バッジをつけるフランス選手団。
IOCに正式着用を申請した。

80年アフガン軍事侵攻に端を発したモスクワ五輪は資本主義国は不参加。
マスコット・ミシャーの涙には絶頂期のマラソンの瀬古などの苦難の涙もあったことだろう。

宇野総理は天安門事件が起きたとき89年ころだったが
「銃口を国民にむけるな!」
隣国の態度表明をした。

今福田内閣のなすべきこと。
隣国としての五輪成功に向けての行動である。

チベット問題に断固とした抗議声明。
五輪開催の惜しみなき諸行動である。

切り離せば単純なること。
同じ儒教国家ではないか。
常に文化を伝えてくれた国。
いまは生命の基本の「食」を届けてくれる。

「喧嘩はすみましたか」
72年、田中角栄VS周恩来、日中国交回復が暗礁に乗り上げスタッフは困惑、諦め気味。

隠居的立場の毛沢東を訪ねて、暗礁に乗り上げてたことが一転進み始めたときの教えである。
「不打不相織」
けんかしないとわかりあえない。
口角泡ゐ飛ばし思う存分本音を語り合う。

政界に大人らしき大人がいない。
古賀や二階とアレだけの顔相と評判を持ってしても腕っ節の強さ振りが見えてこない。
やむえぬトップ福田のクデター特定財源の一般税化である。

宮崎よりリニア鉄道を略奪し山梨に実用線路とい印象を持たないが金丸信の
「足して二で割る」
程度さえ持ちえてない憂国の人物の枯渇状況。

カブスの衝撃的デビュー三打数三安打の福留に熱狂するアメリカ人のオープン気質が
まぶしい。
桑田に見切りをつける合理主義にも。

その桑田にしてTBSで会見し、日テレはその後。
二軍のジャイアンツ球場で引退試合をした桑田の今後を見る思いである。

墨田の堤、おやまの古木・・
ハラハラとチリ行くものあり。

♪おそまきながらの♪・・
♪もうすぐ・・は〜〜るデスネ〜〜ちょっと気取ってみませんか。
♪キャンディーズの「春一番」はテンポもこの爺にして丁度よい。

後楽園球場に5万5千人のファンを集めた最後のステージで、惜しまれつつ解散
人気絶頂の1978年4月4日。
早いもんだ。
丁度30年前のことになる。

「あなたに夢中」で1973年9月1日レコードデビュー。
それが復活した。
2008年後楽園跡の会館。

宮崎川南DNAの阿久悠がその曲の多くを担当した。
曲の明るさ気質は青空の国、宮崎人の特権。
それに江戸の気質が合致した。
すー、ラン、ミキ
「3人揃って、キャンディーズです。」 

伊藤蘭(53)(水谷 蘭)おおざっぱなO型 1955年1月13日午前3時、
東京都武蔵野市吉祥寺生まれ
藤村美樹(51)(尾身美樹) おしとやかなO型 1956年1月15日午後6時半、
福島県福島市生まれ
田中好子(52)(小達好子)几帳面なA型 1956年4月8日午後8時、
東京都足立区千住生まれ

「本当に、私たちは、幸せでした」
高く手を振り、抱き合って泣き、肩を組んだままのビデオが
当時のバックの生演奏で流されるタイムスリップ「大同窓会」。

家庭にいるミキ。
伊藤蘭 田中好子は芸能界にいるがステージにはいない。
解散宣言の
「普通の女の子に戻りたい」
は流行語大賞受賞がない頃に流行語になった。

異国の地で愛でる花
桜の花びらを眺めて連想するものは何だろう。

   みんなが心に握つてゐる桃色の三等切符を/
   神様はしづかにお切りになる/ 
    ごらん はらはらと花びらが散る
             杉山平一「桜」

奇怪なリ事件が相次ぐ季節でもある。
土井晩翠が生まれた仙台市。
「晩翠わかば賞」昨秋の第48回で佳作作品。
「おかあさん」
                  おかあさんは/  
               どこでもふわふわ/
           ほっぺは ぷにょぷにょ/
          ふくらはぎは ぽよぽよ/
           ふとももは ぼよん/
           うでは もちもち/
         おなかは小人さんが/
       トランポリンをしたら/ 
    とおくへとんでいくくらい/ 
         はずんでいる/
        おかあさんは/
    とってもやわらかい/
    ぼくがさわったら/
 あたたかい気もちいい/
ベッドになってくれる/

作者の西山拓海(たく・み)は、青森県八戸市の家で一昨日9年の生を閉じた
母親に電気コードで首を絞められ、パジャマ姿で息絶え殺れた。
動機はまだ分からない。
我が子を喰らう母は罪を改め、改心して鬼子母神なる神になった。
宮崎砂土原に鎮座される神でもある。

その砂土原の国に生まれしDNAの人にヒョンな出会いがあった。
神の会わせた偶然としか思えない。
あのヤマダ電機の社長もこの地で辛惨をなめ、飛ぶ鳥を落とす勢いを得ている。
砂に落としたダイヤモンドを拾う以上の瞬間的確立の天文学的数字の出会い。

古事記・日本書紀の生きる宮崎ゆえに起こりし、出来事やとしか思えない。
「海」なる名だけではない。
克己で逆境を乗り切り、英語で夢が見れるのはロンドンでの苦難の2年間が磨かせたんであろう。
煩悶の柔道王・井上康生と学舎をともにしたバンカラさとナイーブさ。
凄い若者である。
この人がトップでいい。総てが治まる。
東国原を使いし神はあちこちに配置されてるようだ。

さくらの舞い散る例えようもない美しさは命を奪い去る
狂喜の季節でもあるのか。

読売紙が明るく人生の生死を教える。

8歳の女の子が雲の上で白いひげのおじいさんに会う。
どうやら神様らしい。
お兄ちゃんが悪さをしても、お父さんはぶたない。
女の子の話におじいさんは微笑した

「それはな、子供は人間の掟だけで決めつけられないと、お父さんが知っているからじゃよ。」
「子どもには生まれてくる前の国、神様のお国の規則をあてはめてみなくちゃならんところが、たくさんあるのでな…」

創作童話「ノンちゃん雲に乗る」を戦争の末期、心沈む友人を慰めるために書いた石井桃子。
「クマのプーさん」などの名訳はこの人の手になる。
読者は数人
、暗い電灯の下でわら半紙に綴られた物語である。

祖父のあぐらの中で昔話を聴きながら物語の愉しさを覚えたという。
三つ子の魂、101歳まで。

亡くなった4月2日はアンデルセンの誕生日であり、「国際子どもの本の日」といういわくの日。
幻想の花の上にはどこまでも青い空
白き春の雲ひとつ。
白いひげをしたおじいさんの声がする。

おやまの会場にわざわざ奈良からお出かけの背中さえ見せる日光、月光の全身からの有難き
平静なる心のありようでもある。
仏教の国に神が同居するに不可解さはない。
ひたすら自然に両手を合わせるご利益。。

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