今日の誕生日の花は・・・・イワカガミ
花ことばは・・・・・・・忠実

65年も係り対米従属から脱する気配の端緒についた
政権交代から僅かなのに二人のトップの交代。
かってこう記していたー
2009年6月7日 国防
今日の今日の誕生日の花は・・イワカガミ
花言葉は・・・・・・・・・・忠実
  
イワウメ科イワカガミ属、山あいの岩肌に水分があるところを好んでいるのだろう。
そこで見かけたものだ。
葉の輝く光沢、または葉の形が手鏡に似てることカラ名の由来は理解できるが花言葉がわからない。
経験からの自己教育の知識取得は大切なる物。
爺の解釈はおそらくこうである。
山の征服ルートは綿密に緻密に創られそれに忠実に従って成功する物。
そのときあのピンクで可愛いイワカガミに出会える。
近代社会は道路事情が良くなり山間部の岩肌を車で徐行してても見つけられる時代でもある。
ただし手垢の染みついた経験の知識取得の観念も大きな誤解を生じる場合がある。
奥の細道が巻物仕立てであるのを岡山笠岡の郷土の画家の冠をかぶせた美術館で見た。
奥の細道は製本のイメージを描いていた。
旅のつれづれ記である。
その時代ゆえ筆記道具からしても巻物だわナ~は
はじめて観る感激より
お恥ずかしさの方が大きかった。
改めて芭蕉の奥の細道の素晴らしさに感じ入る。
光堂はなにも金色堂みたいに豪華でなくともどこにでもある朽ちたる社で良い。
日向の国は村々のおちこちに氏神様が小さな社の中にある。
集落の春、秋にお祭りの社はもちろん荘厳さを持った大きな作りではある。

五月雨の 降り残してや 光堂
今日の一句以外は同じでこう記してた
時代の移ろいは速いものだ。いまかの地は世界遺産で大騒ぎ。
イワカガミの写真はコチラ↓
http://www.plantsindex.com/plantsindex/demo_html/demo_db/result40050.htm

橋本 多佳子(1899年(明治32年) - 1963年(昭和38年))は、文京区本郷のひと。
祖父は箏の山田流家元の山谷清風、
父は官僚、母は津留。女子美大日本画科を病弱のため中退。
1917年に建築家・実業家の橋本豊次郎と結婚
福岡県小倉市(現・北九州市小倉北区中井浜)に「櫓山荘(ろざんそう)」を建築し移り住んで後、
高浜虚子が来遊し句作をはじめ杉田久女が俳句の手ほどきをした。
20歳、小倉で長女淳子出生。22歳次女国子出生。24歳で3女啓子出生。
1914年、樺太、北海道に夫妻で旅行、北原白秋が同行。
同年4女美代子(のちに俳人、橋本美代子)出生。
1927年「ホトトギス」「たんぽぽの花大いさよ蝦夷の夏」
1944年奈良市あやめ池に疎開、以後ここに住み続けた。
戦後西東三鬼、平畑静塔、秋元不死男らと出会い戦後俳壇の女流スター。
女性の哀しみ、不安、自我などを、女性特有の微妙な心理によって表現した。
なお福岡小倉櫓山荘跡地は、「櫓山荘公園」として整備され、庭園の遺構や当時の階段などが保存されている。
ちなみに、櫓山荘がある櫓山は、小倉藩の番所の櫓があったことに由来。
当時櫓山荘は小倉の文化サロンとして利用され、さまざまな文化人が訪れた。

NHKラジオ深夜便教えるきょうの一句

蛍籠 昏ければ揺り 炎えたたす
     橋本多佳子


NHKなぞみてると「いいなぁ~~」
もうぅ~~どうしようもないほどの落差で虚無感にさえなりそうで
流石の国家の未来にかけてきた強靭な精神力が萎える。
国家が置かれてる・・・
この民族が生きるか死に耐えるかの
 瀬戸際にあるのが
まるで解っていない。

爺目懸念してたありえない半減期の
事故からシテ<当然のことだが>
88日目にして発表
プルトニュームを原発敷地外から検出っ!

▽NHKニュース
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110605/k10013327841000.html

<人体への影響がないプルトニウムって何だよw >
終わってるよ
この国・・

<´゚ノ  ヽヽヽヽヽヽヽ  `,><《
    `  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【半減期】
クリプトン90----------32.3秒
キセノン138----------14.1分
フッ素18-------------109.8分
テルル132-----------3.204日
ヨウ素131------------8.04日
テルル129-----------33.6日
ポロニウム210--------138.4日
ルテニウム106--------373.59日
コバルト60-----------5.27年
水素3---------------12.3年
プルトニウム241-------14.0年
ストロンチウム90-------28.8年
セシウム137----------30.0年
ラジウム226----------1600年
プルトニウム239-------2.4万年
ウラン235------------7億年
ウラン238------------45億年

東京電力福島第一原子力発電所からおよそ1.7キロの道路脇の土から、原発から放出されたと
見られるプルトニウムがごく微量検出されました。
今回の事故でプルトニウムが原発の敷地の外で見つかったのは初めてで、専門家は
「人体への影響はないが、汚染の実態をより詳しく調査すべきだ」
と話しています。

ごく微量のプルトニウムが検出されたのは、福島第一原発の正門から西におよそ1.7キロの大熊町の
道路脇で採取した土です。
NHKの番組取材で、北海道大学の木村真三非常勤講師らが警戒区域に設定される前の日
の4月21日に採取し、金沢大学低レベル放射能実験施設に分析を依頼していました。

その結果、3種類のプルトニウムがごく微量検出され、このうち多かった
プルトニウム239と240は、
1キログラム当たり、合わせて0.078ベクレルの濃度だったということです。

これは過去の核実験で国内に降ったプルトニウムと同じレベルですが、
3種類のプルトニウムの割合が
異なることから、原発から放出された可能性が高いとしています。
今回の事故で、プルトニウムが原発の敷地の外で見つかったのは初めてです。

分析にあたった金沢大学低レベル放射能実験施設の山本政儀教授は
「ごく微量なので人体への影響はないが、放射性物質が飛び散るメカニズムを考えるうえで
貴重なデータになる。原発に近い場所では、汚染の実態をより詳しく調査すべきだ」
と話しています。

NHKが何故かミス報道
愛媛伊形付近に関して?プルトニウムは公表されている
http://ip-173-201-208-244.ip.secureserver.net/2ch/hatsukari.2ch.net/test/read.cgi/news/1306785585/
http://www.pref.ehime.jp/h99901/houshasen/kankyo.htm
     _______  
何故愛媛だけなの?
九十九沖、江戸前
すべてそうだろー
愛媛の言論機関は特別だものー

何でパニックにならないの?
 言う奴が
おかしいのか??

いまだ退陣するこの内閣は
違う展開での
情報を正確に伝えようとしないー
カムフラージュ
メデア技術のスポイル、スルー
問題はぐらかしー
こう報道する

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110606-00000604-san-soci
大気放出量は77万テラベクレル、倍に修正 
地震当日に圧力容器破損、保安院
 産経新聞 6月6日(月)20時49分配信
http://www.47news.jp/47topics/e/204670.ph
原子力安全・保安院によると、福島第1原発事故による放射性物質の放出量はチェルノブイリ原発事故の1割とみられる。大気中への放出

量について原子力安全・保安院は37万テラベクレル、
原子力安全委員会は63万テラベクレルと推定。
レベル7の基準である数万テラベクレルを大きく上回る
4月に事故の深刻度を国際評価尺度(INES)の暫定評価で最悪の「レベル7」に引き上げた際は、推定37万テラベクレルとしており

、今回の発表値はその2倍強にあたる。

広島型原爆10個分の放射性物質って事はいっそ爆破した方が良かったって事?

チェルノブイリ原発 約180万テラベクレルの筈。
大気中への放出量について原子力安全・保安院推定で欠落してること。
「それに加えて海水に放出している。」
で、放射性物質放出量はチェルノブイリの1割ってどういう事?

橋本多佳子今日の一句もあり
白秋の詩を思い浮かべていた。

       他ト我

    二人デ居タレドマダ淋シ
    一人ニナツタラナホ淋シ
    シンジツ二人ハ遣瀬ナシ
    シンジツ一人ハ堪へガタシ

      「北原白秋詩集『白金ノ独楽』
遺瀬=ヤルセ



東京新聞『こちら特報部』新日本原発紀行 伊方&柏崎刈羽
●<新日本原発紀行> 伊方(愛媛)編 

南海日日新聞 批判ぶれぬペン
 原発事故は福島第一だけの惨事とは限らない。
この狭い日本列島には、ほかにも五十基近くの商業炉が立っている。
残念でも恐ろしくても、それが現在の日本の姿だ。
暴走すれば地域社会を滅ぼし、子々孫々に禍根を残す危険な装置は、なぜ増殖したのか。
二度と悲惨な事故を繰り返さないための手だてはあるか。
答えを探して全国を巡った。
 愛媛県八幡浜市には、三つの地元紙がある。
 四国の西側、海に細長く突き出た佐田岬半島の付け根にある港町。
かつて「伊予の大阪」と呼ばれた商都も、今は人口四万人弱。
規模を考えると珍しい“新聞の街”の約十キロ先に、四国電力唯一の伊方原発(同県伊方町)がある。

 老舗二紙が競合していた地域に、一九七五年十一月に登場したのが「南海日日(にちにち)新聞」。
原発批判の言論を守るために、故斉間満さん=二〇〇六年死去、享年(63)=が独力で創刊した新聞だった。

 たった一人の記者の近藤誠さん(64)が遺志を継ぐが、肝臓がんを患い、〇八年五月から「休刊」中だ。
新聞紙一枚の両面を記事で埋めた体裁で地域密着のニュースを追い、八幡浜市や伊方町を中心に二日に一度発行。
休刊時は一カ月九百円で販売部数は二千部だった。
 四、五人いたスタッフも解散し、再発行のめどはない。
だが、吐血を重ね、入退院を繰り返す深刻な病状にも近藤さんは「いつまた出すか分からんぞ」とうそぶく。
 新聞を出し続けることが、原発事故から地域を守ることだと信じてきた。
福島の事故は「ありえない悪夢」だった。
 「伊方でこういうことが起きたらあかんで、終(しま)いで、と訴えてきたことが福島でことごとく現実になっている」と言葉を詰まらせる。

 広島県出身の近藤さんは、大阪の私立大学を卒業後、七一年に西日本の研究者らで手掛けた大規模な瀬戸内海汚染調査活動に参加した。

四国沿岸の事前調査を担当したのがきっかけで、伊方原発の建設反対運動にかかわるようになった。
 当時、漁業権の売り渡しをめぐり、地元漁協が紛糾。
二十四歳の近藤さんが目の当たりにしたのは、恣意的な総会運営や、四国電力側の札束攻勢で「原発反対」の流れが「賛成」に転じていく

茶番劇。「こんなでっちあげで海を奪われるのは許せない」と、地域に移り住み、反対運動に身を投じた。

 そのころ、県紙「新愛媛」(廃刊)の八幡浜支局記者として伊方原発の取材をしていたのが、斉間さんだ。
 斉間さんも著作で「札束は、貧しくとも支え合って生きてきた者たちの心を、二度と元に返せぬほど深く傷つけているのではないか」
と怒り、泥沼の漁業権買収劇が原発への不信感の始まりだったと吐露している。

 七二年六月ごろ、斉間さんは新愛媛を退職した。
「新婚早々、相談もなく辞めてきてな。『このままでは、原発の批判を書いても載らんけん、新聞作る』言うんよ。お金ないのに」
 妻の淳子さん(67)が振り返る。
八幡浜市出身の幼なじみで、ともに二十八歳。
夫は市内の地元紙で働いて新聞製作のノウハウを学び、三年後、念願の新聞社を起こした。
 反対運動のせいで、就職先が見つからない近藤さんは、知人の紹介で七七年に入社した。
「運良く、南海日日に拾われたからここにおれた」

 「反原発」の新聞発行は困難を極めた。

電力会社関係の広告がないだけでなく、せっかく入った広告主のもとに露骨な圧力がかかった。

伊方原発の敷地内に、二人の記者は三十年以上も「立ち入り禁止」。
県議が視察同行に口添えしたときさえ拒まれ、当たり前の取材さえままならない。

 それでも意気に感じて応援する事業者や、新聞を愛読する読者は絶えない。
いつしか、南海日日が原発に反対する人たちのよりどころになった。
 全国で初めて、国を原発裁判に引っ張り出したのも伊方原発の住民たちだ。
三十人以上の弁護士が手弁当で集まり、京大の小出裕章助教ら原子力研究者も協力。
七三年に1号機の原子炉設置許可の取り消しを求めて提訴したが、七八年に一審で敗訴し、九二年に最高裁で敗訴が確定した。
 この間、2号機の設置許可も出た。
 「1号機を手弁当でやってもろとる弁護士や学者に
『あんたらこれもやったやんなはいや』てよう言わん。
でも2号機を見過ごすわけにはいかん」(近藤さん)

 悩んだ斉間さんと近藤さんは、弁護士を頼まない本人訴訟を起こした。
「準備書面の『1号機』を『2号機』に書き換えたら何とかならへんかと安易に考えて」

 七八年に提訴した2号機の差し止め訴訟は二〇〇〇年に一審で敗訴。
判決直前に斉間さんが脳梗塞で倒れ、控訴を断念した。
二十二年に及ぶ2号機裁判の準備書面は二人が担当。
通産省(当時)の安全審査資料に首っぴきで、仕事の合間に裁判資料を作り続けた。

 書類の清書など、陰ながら新聞社を支えてきた淳子さんも八八年の出力調整実験を機に、地元の女性たちと原発を考える市民団体を立ち上げ、本格的な活動を始めた。

 原子炉は常に最高出力で運転しなければならず、出力を下げると不安定な状態になる。
低出力で動かす実験をして暴走したのが八六年のチェルノブイリの原発事故だ。

 その出力調整実験を、四国電力が住民に知らせずに行い、
二回目の実験も行うことが分かり、全国的な反原発運動が広がった。

八八年六月には、2号機から八百メートルのミカン畑に米軍ヘリが墜落した事故もあった。
地域の安全を脅かす原発ニュースを、南海日日新聞は粘り強く発信した。
 斉間さんは倒れた後もリハビリしながら口述筆記で名物コラムを書き続けた。
気力がなえかけた時期もあったが、車いすで社屋の看板を見上げて「これがなくなったら、原発に反対できん」。

 福島原発の事故後、近藤さんと淳子さんは、八幡浜市役所と伊方町役場を訪れ、原発停止を求めるよう申し入れた。
昨年、3号機でプルサーマル発電も始まっている。
新聞を出すことはかなわなくても、反原発の声を止めるつもりはない。

 「伊方で事故が起こったら、誰も愛媛のみかんなんか買わんよ。
『自分の町で事故が起こったら』
と情けない思いをしている原発が五十基もある。

たかだか四十年ぐらいの原発に、長い長い地域の歴史をつぶさせてはいけん」と淳子さんは言う。
 それが、原発を推し進める国や電力会社の巨大な固まりにあらがい続けた小さな新聞の願いだ。 (中山洋子)

<デスクメモ> 原発事故の被害補償で、原子力損害賠償法の免責理由に大津波が当たるとの「理解があり得る」。
東電の清水正孝社長は主張する。
自社と投資家防衛も分かるが「想定外」「最善を尽くした」に続くトンデモ発言だ。
役員の高額報酬は半額ではなく、事故収束までゼロでいい。
その決意表明が先だろう。 (呂)

東電、官僚、財界、マスゴミは皆殺しだw

この国に原発がどれだけ危険なものか、
・ドイツでは、稼働している原発(事故ではなく)の5km以内で小児がんの発症率が2倍
・日本は言わずと知れた地震大国。1970年~2000年の間の地震の頻度。
イギリス  0回
フランス  2回
・ドイツ  2回
アメリカ 322回
日本   3954回

ウォール・ストリート・ジャーナル
賛成できない点もあるが、なかなかよいことも言っている。

>小沢氏が自民党と袂を分かつことになった彼の長年にわたる政治信条
>――利益供与型政治の改革へのたゆまぬ努力、官僚支配の打破――を考えると、その力は重要だ。

的確な指摘だと思う。

菅総理辞任後の次の総理は、
有能かつ正しい政策をもった人がなってほしい。
メールやり取りがあって記したこと

自民党に政権を渡さぬとの
6・2菅民主議員総会演説

総理が総理たる由縁の天下の宝刀
解散権
を封じられた菅直人

愚かな菅直人は二つのタガを嵌められた
民主党内から選ばれる総理
 ゆえに大連立はなしー

それでは影響力が残せぬゆえの
菅以外の次の総理候補者達の目指すは
 307議席を忘れ大連立

民主党内からの擁立
誰?

ポスト菅
「仙原幸彦」
という名前 が浮上ー

ええっ?
誰その人?

「仙」谷
前「原」
枝野「幸」男
野田 佳「彦」

帯に短し、襷に長し

もぐらたたき状態

反菅陣営から出すがスジなんだが・・

別項でアップします.

提言にはこうある
たとえば、以下のように自民党(+官僚)がつくりあげてきた古い体制や政策を
変えることができる政権をつくるべし。

※大災害からの緊急処置の復興法の緊急制定裏づけの第二次補正
財源は日銀引受債。

(1)まず20年近くもデフレに苦しんでる日本
つまり20年間の大部分に於いて経済政策を誤り続けているということ。
自民党の失政でもたらされた「失われた20年」を「失われた30年」にしないためにも、マクロ経済政策の抜本転換を宣言し、
デフレ不況脱却のために強力なリフレ政策を断行すべし。

(2)、エネルギー政策については、「脱原発」を宣言し、
太陽光、太陽熱、風力、地熱、バイオマスなどの自然エネルギー等を積極推進するための具体的な方策を打ち出すべき。
ドイツ政府のように20××年までに原発をゼロにする期限を決めた行程表を策定することを宣言する。

(3)「脱官僚依存」というなら、
官僚・公務員の利権を断ち切るべく、
“天下りの受け皿”たる独立行政法人等の廃止・民営化・統合、官僚の財布”たる特別会計への大胆な切り込み、
そして裁量主義・選別主義にもとづく再分配政策の原則廃止などを打ち出すべき。
(「官僚のオルタナティブ」として、在野のブレーン&ブレーン集団を利用)

(4)「国民の生活が第一」「最小不幸社会」というなら、
(官僚・公務員・族議員の利権にならないよう)普遍主義にもとづく再分配政策を断行。
たとえば、ベーシックインカムや負の所得税(≒普遍主義にもとづく給付政策)。
子ども手当てや生活保護や基礎年金は、ベーシックインカムや負の所得税などに統合すれば、無駄な人件費・管理費等もなくなり効率的だ


(年金制度の二階以上の部分は、任意加入方式、積み立て方式にし、できれば民間に任せる。
 国の役割は法律にもとづく監視のみ)


参考:同紙の他の社説

【社説】日本経済、震災前から低迷(ウォールストリートジャーナル)
菅首相をはじめとする、いわゆる緊縮財政派のお気に入りである消費増税などの悪い考えについては、
誰もが特に懸念すべきだ。
それはデフレで混乱した経済にとって危険であり、
復興に伴う支出が19日のデータに現れた弱気な消費者心理をどれだけ覆い隠すかは関係ない。
日本にとって、「失われた10年」の再来は回避可能だ。
しかし、そのためには、大地震と津波からの復興の取り組みを進めると同時に、失われた自信を回復する努力が必要になる。
http://jp.wsj.com/Opinions/Columns/node_239243
チェルノブイリから1500キロ離れているスウェーデン
ホールボディカウンターによる内部被曝量測定を行った.
病院だけでなく WBC搭載車で各地を回って測定.
ドイツは,日本からの入帰国者にWBC測定を行い,内部被曝の状態を検査して指導と助言をしたという.
国民の生命と健康を守る!
こういう姿勢が,日本の政府にはあるのか?
真実情報を全て隠蔽し,3ヶ月もの間,国民を放射能に晒し続けた.
テレビタックル,石原幹事長、
「(SPEEDIのデータについて…)我々も知っていた.けど,黙っていたんだ.」
石原狂っている.
テレビ大連立構想をアオって狂っている.

6日早朝、食べるに賤しい爺目ー
今の缶詰はギコギコと缶詰開け器具入らぬもがアル。
プール式。
ところが蓋の360度は鋭利で危ない

パソコン一本指入力の爺目の秘密
血判の親指、人差し指のそれぞれの
腹をバックリ。
久々にドロッと重い感じの赤い生き様を見た
口に含むとウ~ン
思いアル味ー

パソコン入力が不便でたまらない
キーボードは生き物の証の血を含んで活き活き。

プルトニュームに触れたら鮮血
マウス・クリック

\(^_^)/\(^_^)/\(^_^)/\(^_^)/\(^_^)/\(^_^)/ 
        ↓ ↓ 
   http://blog.with2.net/link.php?1135184
        ↑ ↑
\(^_^)/\(^_^)/\(^_^)/\(^_^)/\(^_^)/\(^_^)/
       嬉しいな



コメント

Missing in the field
2011年6月7日16:40

お大事に。

せきやん
2011年6月8日15:08

どうも
いけません
短気に
エィ!
とか遣ってしまうのが、親指、人差し指の腹を
グサリッ!
これが結構厳しくて・・
止血が上手く出来ませんで・・
全体の精神に影響与えてまして・・

お心遣いありがとうございます

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