鳩山総理の決断

2009年12月12日 お仕事
これほど奇怪なるお話はない。
ノーベル平和賞受賞演説を苦渋に終えたオバマ。
平和より戦争の言葉の数の方が多い
3万人増派して10万人で2万とも言われているアフガニスタン義勇軍タリバン兵を一掃すという。
ベトナムの二の舞は明らかである。
イラクの混乱の再現になるのは明らか。
あの頭脳が解らぬはずはない。
米国ポズワーズ特別代表は「北」に行き12日日本に立ち寄ろう。

祈りの旅人平山郁夫をNHKでお診せいただいた。
この2日逝ったヒロシマ原爆下に病魔と闘い平和を形にした人である。
29歳のとき玄奘三蔵 を描いた。
中世風の馬とピカソ風さえある代表的作品。
それから10年後、国交なき中国ゆえインドからトラックを乗り継ぎ中央アジア
トルキスタン・バーミヤンについた。
今で言うアフガニスタンである。

かっての仏教徒の聖地。
はるばる玄奘三蔵はこの地に未来を託し苦難を克服して訪れた
ここは征服者チンギスカンがバーミヤンの丘で息子を失ったところでもアリ
愛憎の怒りは破壊の限りを尽くした。
平山作品にその丘は平然と自然に端っこに描かれる。
この芸術家の絵の裏にあるメッセージは限りなく深い。

明治維新敗戦
とこの国の近世史で古くから伝わる日本画はそのたびに虐げられてきた歴史がある。
敗戦後に日本画、俳句などは第二芸術と成された。
日本画の顔料は美しすぎる。
平山作品はその顔料を焼き黒っぽくして西洋画に負けぬ厚みを持つ。
どんなに乾燥しててもひび割れが起こらない工夫がある。
時代の流れを見据え自己主張をして融和させる。
また其れはどの作品にもある極彩色を抑えた、こんな言葉はつかってなかったが独特の平山色である。
その夥しき作品のメッセージ性は画家でなく歴史家政治家である。
奈良薬師寺の壁面43メートルを埋める前に立った人は誰しも憂国の情をも持とう。
01年3月バーミヤン大石窟の像が破壊された。
かってその大仏像の頭に上り天井画を描いたと同行した画家田淵俊夫が貴重な言葉を語った。
破壊後に銃口大砲音鳴る中黙々とその像なき大石窟を描く平山郁夫。
自然と爺の眼をも曇る。
留めなき涙であふれる。
師前田青頓を超ええたエネルギーが原爆症に苦しんだのを超越した。

昨日ころあいを見て時間をずらし9時8分にアップした。
ところがどうなんだ!
2009年12月11日9:09 猿滑骸骨
1分違いで付狙ってる輩がくるなっ!というのをきかず
この爺のブログをチェックする。
法治国家とは難しきもの。
相談料金さえ支払っても日延べ指示で実証をつめという。
いづれこの憑き物の責任はキッチリ社会的に責任を取ってもらおう。
どんな仕置きになるか知らぬが再度忠告しとこう。
今日もアップ時間をずらしている。

中国大旅行団の小沢一郎の行動を正確に報道しない。
11日午後7時および9時のNHKでは報じなかった小沢一郎の会談相手。
中国国防大臣と会談している。
 「軍事充実を隣国は脅威と受けとる。」
 「覇権は目指してなく国土防衛範囲である」

大陸の富はこの国の戦後の国家再建資金に闇から闇に受け継がれている。
児玉誉士夫の瀬島龍三らを使って特務機関の持ち帰りし資金は
戦後この国の総理に決まってた鳩山一郎に受け継がれたフシがある。
黒龍会や阿片王「里美甫」(1896~1965年)、を追って手の爺のメドである。
鳩山由紀夫の父の威一郎はその器にあらず資金は持ち続けられた。
今騒がれている鳩山政治資金問題の一部であると爺は見る。

権力に正面から立ち向かう困難に生きてきたノンフィクションライターには畏怖の念を持つ。
権力と対峙してきた憂国の情のライターがおられる。
そのひとり佐野眞一に二つの著書がある。

「阿片王 満州の夜と霧」新潮社2005年刊、
その続編というべき「甘粕正彦 乱心の曠野」新潮社刊

阿片王「里美甫」の資金を受け継いでるのは中川昭一亡き後、真正保守会の会長になった
安倍普二全総理と爺は睨んでいる。
阿片王「里美甫」は巣鴨プリズンにつながれたが無罪放免。
千葉県市川市国府台の総寧寺にある墓石の文字は岸信介の筆によるもの。

中国で阿片支配の欧州列国の植民地政策の三国関係に学んだ里美甫。
1932年満州において関東軍の嘱託辞令を受けて満州国通信社を設立。
1937年上海の移り陸軍特捜部に阿片密売を依頼され「宏済善堂」を開く。
1945年日本に帰国
1946年GHQにより逮捕、9月保釈。

宏済善堂とは表面上は社会救済、慈善という意味だが実態はまるで違う。
中国本土で中国人に対するアヘンの販売の隠れ蓑。
その販売利益を宏済善堂がどう処理して、大本営に献上したり、
現地派遣軍、特務機関に還流していたかは闇の中。

その人脈は広く当時満州国国務院総務庁次長の安倍信三の信愛する祖父岸信介
、児玉誉士夫とは上海で軍需物資納入を独占してる網での利害の一致があったと思われる。

この二人が戦後、首相、政界フィクサーとして表舞台に立つ
里美自身は戦後20年、沈黙を守ったまま闇の中に消えた。
里美甫は数十万人の中国人を阿片中毒で廃人にした男である。
それでも何故か極東裁判で無罪放免になった男である。

それらの組織は
政権交代
をしても受け継がれている。
マスメデアの総てに其れが出ており鳩山由紀夫政権に付きまとう。

自民党政権が13年も放置していた普天間問題で早急なる解決を新政権に迫る。
新政権に総攻撃を賭ける

東アジア経済圏構想。
対米従属からの脱却
第七艦隊で防衛は十二分である

「そんなことをしたら日米関係を損なう」
「そんなことを言ったらアメリカのご機嫌を損じる」
「15日の日米首脳会談を袖にされた。」

そうであろうか。
爺らの世代は体を張ってアメリカ大統領がこの国の総理に会うことをやめさせた。49年前である。
国民意識が高揚していればこの国から首脳会談を拒否することができる歴史の事実がある。

「大統領が会ってくれない?」
笑わす出ない。

簡潔明快な説得力あるブログがある。

日本にはこれからも言いなりになってもらわねば都合が悪い。とくにマネーの供給者として、日本には従順に働いてもらわねばならないのだ。

日本が買い込んでる米国債は総額で68兆円といわれる。実は来年、30年もの米国債の償還期限が三度、やってくる。来年11月の償還額は30兆円にのぼるという指摘もある。

もちろん、財政難にあえぐ米国は、日本に新たな米国債を買ってもらってしのぐしかない。
 アフガン支援問題でもうひとつ付け加えると、カネで済まそうという姿勢は問題ですが、そのカネを日本はあまりに安易に外国に渡しすぎている。
日本人は金持ちだと当の私たち自身が考えているがそうであろうか。
日本人は世界標準では、そんなに金持ちじゃあない。
 たしかに外貨ベースでの日本人の所得は世界有数で、
自動車や電化製品などの所有レベルも世界トップクラスだがなんたって住環境が劣悪。
東京の賃貸アパートに住む独居老人とか、
派遣労働者とかの暮らしは、少なくとも中産階級の外国人からみれば「可哀想」なほどの慎ましさにある。
40平米の2Kマンションとかに家族4人で暮らしている。世界標準では明らかに「可哀想」な話。
物価・生活費も違う。
欧米以外なら月収5~7万円くらいでもっと優雅に暮らしている。
 アフガン級の最貧国の場合はまた少し事情が違うが、
そこそこ中流層がいるような国にもけっこう日本から援助とかいっているらしい。
国連分担金ナゾ日本人ばかりカネを上納させられている。
不況でカネ絡みの自殺者も後を絶たない
少なくとも「思いやり予算」「米国債引受」「ODA]
なんかは真っ先にばっさり仕分けすべきである。

国家間のことはどっしり肝を据えるが肝要である。
 北澤防衛大臣などが普天間移転先は辺野古以外にない、とか早急に決着しないとアメリカが怒る、
などと楽をしようと思っている。
大臣は11日言質を変えてはいる。
気付いたのではあろうか。

民主党の弱体化心待ちの一部マスコミが、懸命にこれに味付けしているのを。
日本の安全につていて、どこまで真剣かつ命がけの仕事をしているといえるだろうか。
ブログに解説がある。
 日本独立から8年、まだ国際的地位が低かった60年安保当時にくらべ、
政治家も国民も外交センスは軟弱になっている。
デンマークで開かれるCOP15で、首相がオバマに会ってもらえなさそうにないといって騒いでいる。
60年安保の際は、訪日が決まっていた米大統領に日本が待ったをかけている。当時の年表を見るとつくづく隔世の感がする。

 1958年(昭和33)
 10月8日 警察官職務執行法の改正案が突如として国会に提出される。当時の岸首相は「この法案は、安保条約に対する反対運動をあくまでも押しきる、そのためには秩序を維持する必要があるという考えで準備された」と回想している。

 11月4日 自民党の同法案強行採決の動きに社会党は審議拒否をしていたが、会期切れを免れるために突然押された会議開会のベルを合図に与党議員が入場、同時に副議長が会期30日延長の宣言をした。その暴挙に抗議する労働組合などのデモが激化し、結局改正案は審議未了となる。

 1959年
 6月2日 参議院選に自民勝利(自民71、社会38、緑風6、共産1、無所属・諸派11←創価学会6を含む)。
 6月18日 内閣改造。これまでの間、自民党内の反主流をおさえるため、有力財界人2人と右翼の大物1人を立会保証人に加え後継首相を密約、証文を交わすなどどろどろの権力抗争が与党内にあった。

 1960年
 1月19日 改定安保、ワシントンで調印。
 5月19日 この日までに衆議院で条約を批准すれば、参院の議決がなくてもアイゼンハワー大統領の訪日予定日までに自然成立する。そこで同日10時過ぎに前と同様に野党不在の間に開会の予鈴を鳴らし、与党だけの安保特別委員会、そして警官を導入した本会議場で議案が可決された。

 6月10日 米大統領秘書官ハガチー、大統領訪日の打ち合わせで来日、羽田空港から都心に向かう途中デモ隊に取り囲まれ、乗用車ごと揺さぶられ投石も受けた。警官隊の排除とヘリコプターで脱出。5月26日の17万人、6月19日の33万人など、空前の国会デモも続いた。

 6月16日 前日、デモ隊の混乱で東大学生・樺美智子死亡。臨時閣議により米大統領招請延期をアメリカに要請する決定。
 6月19日 安保自然成立。岸首相退陣を表明。


マスメデアとはナンなのか。
結局、日本国民の気持ちよりもアメリカ政府の思惑を優先させる、というのが売国勢力の姿勢なのである。
憂国の情の欠片もみ見いられない。
日米同盟とは、アメリカの温情と忍耐の上に成り立っているらしい。
笑わす出ない。

たまには「そんなことをしたら、日本国民が不快に思うからよしたら?」と、アメリカ政府を諫めてやれ。
だれも言わないから、彼等はいつまでも分からないのだ。

大臣クラスでの作業部会が中断している。

ルース米大使が日本側に激怒 岡田外相らの面前で大声張り上げる 
普天間移設の年内決着断念でのこと。

産経や馬鹿評論家どもはすぐに、「そら見たことか。アメリカを怒らせてしまった」と言いつのる。
産経は、自民党の機関誌と同時に、アメリカ政府の広報誌でもある。

ジャーナリズが聞いてあきれるお話がある。

11日夜連立三党の党首会談が開催された。
まずグアムの平面図を見ていただきたい。
http://www.visitguam.jp/guide/area/
このグアムについて地域の物理的見地から歴史的経過を含めてかなり詳しき人のブログがある。

まず歴史的経過はこうである。

04年8月
ブッシュ大統領は在韓米軍(特に米陸軍・第2歩兵師団)
の米本土撤退計画を発表した。
これを受けて、在沖海兵隊はグアムへの移転を決めたのである。
 日本政府が沖縄の基地負担軽減を要請し、それを受けてグアム移転を決めたわけではない。
あくまでアメリカ軍の都合(米軍再編)によるグアム移転である。
そのため米軍の当初の計画では、普天間飛行場の海兵隊・航空部隊はグアムに移転することが決まっていた。

、ブッシュ政権時の海兵隊移転計画について、ブログではアメリカ側の責任を指摘している。

アーミテージら、日米安保マフィアが、あれだけ激しく日本側に圧力を掛けてくるのは、
「アメリカ側に日本に対して隠しておきたいこと」
があるからに違いない。
とそれを分析される。

 それはこうである。

今年になって米海兵隊の首脳は、移転先のグアム基地の使い勝手の悪さに気がついた。
とても海兵隊員8000名、その家族9000人が引っ越し、
司令部や隊舎、倉庫、整備工場、家族住宅、学校、教会、スポーツジム、スーパーマーケットな
どを建設すると、肝心の訓練場がまったく確保できない狭さなのである。

 さらに北朝鮮が崩壊すれば、すべての在沖海兵隊員を受け入れる必要がある戦略拠点の基地なのである。

 米海兵隊といえば、”全員がライフルマン”と呼ばれるほど、射撃訓練を重視している。
ところがグアムに移転する予定の海兵隊は、新設される射撃場についてのグアム移転計画書では
テニアン島で行うとしている。
広島や長崎に原爆を投下したB29爆撃機が飛び立ったあのテニアン島である。

 テニアン島を地図で確認すれば、グアム島の20分の1程度の広さで、これでは基本射撃を行う程度の広さで
、戦闘を想定した応用射撃ができる広さは確保できない。

 海兵隊の日常的な訓練である射撃まで、グアムの海兵隊はテニアン島まで移動しなければいけない。
これを別の例で説明すれば
、日本の工場では慣例になっている朝礼とラジオ体操ができず、ラジオ体操は隣の町まで出かけて行うことに等しいのである。
十分にグアム基地の異常性に気がついて頂けると思う。
 すなわち即応即戦の海兵隊にとって、グアムの狭さは致命的なことであることに気がついたのだ。

 だから急にアメリカは日本に圧力を加えだし、辺野古沿岸の合意を強く迫りだしたのである。
在沖海兵隊はグアム移転計画の失敗を辺野古沿岸案で補おうとしている。
辺野古沿岸には米軍の北部訓練場と連動している。
すなわち辺野古沿岸の海兵隊基地は、隣接する米軍キャンプ・シュワブ、米軍キャンプ・ハンセン、米軍辺野古弾薬庫、米軍北部訓練場と連携し、それらの基地を
固定化することになる。

 しかしそれでは、沖縄県民の基地負担軽減に逆行することになる。
これは鳩山首相の混迷というより、アメリカの強硬な圧力が沖縄の反発を招いたのである。

 アメリカの知日派という人が、
「日米同盟のために辺野古案に従え」
「辺野古案でなければ日米関係が悪化する」
という主張は、
「アメリカのために沖縄は犠牲になれ」
という声になることに気がついていない。

 所詮、アメリカの知日派という人は、かつて、自民党の国防族と組んで日米安保を勝手自由に支配してきた者に他ならない。
日米同盟強化を口にして防衛利権に群がった者たちである。

このように日米安保マフィアの存在を指摘は、主流派マスコミで書いている人にはできないことである。
親米派のマスコミの政治部記者や編集委員たちは、自分たちがいかに手先であるかを恥じるといい。

 このようにアメリカ側もずるいのであり、日本側もずるくなければならない。
日米同盟の信義などというお題目は、表向きの話である。

外交とは国家の利益と利益を賭けた実際はだましあいの世界。
そのうえでの日米同盟である。

民主党の「純粋まっすぐの親米派」の長島昭久議員には、その辺のことが理解できないのかもしれない。

 あるいは、日米安保は、新しい「瓶のふた」になりつつあるのではないか。
従来の「ビンのふた」論とは、
日本が再び東アジアでの地域覇権を指向することを警戒するために米軍が駐留する、というものであった。
これに対し、「新ビンのふた」論
日本がアメリカを離れ、中国の勢力圏に入るさらには同盟も結ぶという警戒感が、
日米両国の安保マフィアの間にあり、それが日米裏方談合体制になっているというものも思慮される。

会津の人渡辺恒三の仙石大臣や前原大臣らとの火事場の泥棒的行動が水をさしている。
幕末明治維新の時のことが政権交代のときに同じ藩出身の人々で小沢鳩山国家不在の留守番のときの攻勢クーデターじみたことは頂けない。

韓国台湾のごとくアメリカ軍を追い出し対米従属からどう脱皮し独立国としてどうすのかに民主党員およびその政治勢力は奔走せよ。

鳩山総理の普天間移転の胸のうちが見えてきた。
どうやら憂国の情での決断で15日に望むようである。
小沢一郎は隣国との協議を進めている。
トロイカ体制がこの国政治にはにはピッタリ似合っている。

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