友愛・ノーベル賞・自民党総裁
2009年9月28日 お仕事今日の誕生日の花は・・・トレニア
花言葉は・・・・・・・愛嬌
ゴマノハクサ科、別称は花売り草、夏スミレといろいろとある。
花弁の色分けから正面から見れば美しく楽しい愛嬌があり初夏から秋まで長い花期、
ピンクシロ青色々の花色背丈は20~30センチで鉢にも庭花壇にもこんもりと花をつける。
次々と咲くインドネシア原産の園芸種。
こぼれタネで次の年にも花をつける。
ただし発芽には種も小さく高い温度がいるので苗から買うのがイイ。
ゴマノハクサ科はトキワハズなど数多いが小さな図鑑ナゾで調べると記載されてない。
科にあるわけでバラ、キク、ユリ稲ナゾとおなじで大物植物のハズだがなかなか解らない。
色形の断定説明さえ難しい不可思議さ。
手に届くほどに白き雲がモクモクと行くこの時期に無き異変の天候で30度を超している。
台風銀座に一度のお客さんもなく有り難い天候が続いている。
この空ほど 甘い者の無し 豊の空
この国の失われた十年の小泉政治は敗戦後の64年にくくられる歴史の転換点であった。
無駄な10年であったが国民覚醒のためにはココまで国家破戒がなければならなかったのやも知れない。
爺が繰り返す
明治維新、敗戦、政権交代
のこれからという歴史の流れで読み解けばいい。
そこには何故か時代にあった指導者が現れる。
明治維新時期は英傑がそれぞれの基準で語られている。
この国を形作ったル人々の人材の群れ。
そこにも停滞期が来つつあった。
その明治維新後の近代化を40余年ひた走った時に現れたひとがいる。
米国公文書と同じノーベル選定の経過も50年後には公表される
9月になり時期を経たので公表されて明らかになったコトがある。
モウ一歩でいずれも受賞自体は逃がした。
権威主義のこの国ゆえ惜しいことだ。
この国で始めてのことであろうノーベル賞候補に3度も上がってる人・賀川豊彦である。
、
何故3度も上がったのか。
文学賞2度、平和賞1度である。
日本人での平和賞は非核三原則での佐藤栄作元総理の受賞がアルのみ。
先進国で唯一軍隊が血を流してないのにしては一人はなんであろう。
先週国連で異例の連発の画期的変化があった。
病んでた地球が生き返る方向性が出た。
「低炭素社会を目指すこと」
「核兵器無き地球社会・・」
がアメリカ大統領を議長にして安保理決議でなされた。
これはノーベル賞もんであろう。
イチメントップ記事で報道すべき画期的出来事。
爺なんぞは狂乱の如く飛び上・・がって、のたうちまわっている。
よくぞ!ココまで生きてきた甲斐性があったモンである。
誇れる日本人。
その国の構成員の一人である。
これほど日本の政治指導者が世界に誇れることがあったろうか。
だがマスメデアは動揺してて表現の仕方を知らない。
平和の問題はヒロシマ・ナガサキに冠を得ないと文字が書けないトラウマにあるようである。
地方紙でしか書けない怪しきマスメデア状況は実に危うい
日本が維新後の近代化を40余年ひた走った1909(明治42)年、21歳の青年が神戸の貧民街に移り住んだ。
病気で生死をさまよい貧しい人々のために生きようとした。
キリスト教社会運動家として知られる賀川豊彦の若き日。
それから100年になる。
貧民救済、協同組合運動などに尽くした生涯に光を当て直す本の出版が今年は相次いだ。
30代で書いた自伝的小説「死線を越えて」の復刻本も交じる。
この小説は大正9(1920)年に薩摩の人で円本発行の出版界の風雲児・山本実彦の改造社から出版された。
、総発行部数が400万部という空前のベストセラー。
本屋さんの在庫にはほぼナイので手にとって読めない。
賀川は幼いころ両親をなくし、孤独な少年期に洗礼を受けている。
貧民街での活動は、肺結核で長くは生きられそうにないと思って決めた。
「死線を越えて」は、その後の著書ともども翻訳され、海外でも知られた。
欧米では講演活動も行い、とくに北欧で高い評価を得た。
国内伝導は不思議と宮崎にある。
1932年(昭和7)44歳のときに黒田四郎と1ヶ月台湾伝道。
12月宮崎県小林町を最後に5年の「神の国運動」の伝道終了。とある。
世界伝導は国内伝導の締めくくりを得て実施された。
ノーベル平和賞の候補になった時はシュバイツァーが支持を表明した
このことが今春発行の季刊誌「at」15号、賀川豊彦特集、太田出版にある。
47、48年にはノーベル文学賞の候補
ノーベル財団が先日インターネット上で公開した資料で分かった。
平和賞候補になったのは50年代
日本人で文学賞を受賞したのは68年の川端康成、94年の大江健三郎の2人しかいない。
ノルウェーの森著者が検討されいるが今年はその前段たる殺人者集団国家のイスラエルに出向きそこの文学賞受賞でミソをつけてるがどうにも政治性は嫌らしい。
しかしながら職業的作家ではない人が候補になっていたことに驚く。
文学って何だろう、とも思う。
09/5/17「友愛と公共的知識人」
早速お孫さんがパネリストでのシンポジウム
次は「賀川豊彦と友愛の社会構想」
-公共的活動のあり方を考える-記念事業が施行される
日時:11月3日(火・祝)13:00~17:00
場所:キャンパスイノベーションセンター東京・1F国際会議室
賀川豊彦を日本における公共的知識人の先駆けとして位置づける議論が行われた。
シンポジウムは、さらに賀川の社会運動・社会活動を公共的活動のモデルとしてどう受けとめることができるのか
友愛・公共哲学の観点から賀川の国家・世界構想が現在どのような可能性をもつのか、小林正弥が論じる。
パネル・セッションでは、会場の質疑を交えつつ、
歴史家、宗教研究者、政治哲学者とそれぞれ専門を異にする3人が賀川豊彦の現代的可能性について語り合う。
アメリカにはじまる世界的な同時不況がわが国をも直撃し、昨年は、格差社会のひずみが随所に噴きだして小林多喜二の小説『蟹工船』がブームとなった
その著書が発表される9年前の出来事である。
敗戦で戦後の思想界やキリスト教界に登壇するビッグネームは内村鑑三や植村正久・・それらにつらなる学者やキリスト者たち
何故か。
時勢は賀川豊彦にしても時の問題に邁進させ得ざる得なかった。戦前は労働運動に挺身した。
昭和22(1947)年には全国農民組合長。小作農家を自作農家にするのがGHQを含めた社会の緊急情勢。
世界はこのときノーベル文学賞の候補にあげている。
また昭和29(1945)年から3年続けてノーベル平和賞の候補として推薦をうけた。
その時は、日本社会党の統一大会で社会党の顧問に選任されている。
明治維新の綻びでの活躍、敗戦を生き抜いての社会改革運動家。
皮肉なモノで神に仕えし者は神の悪戯で受賞まではなってないがノーベル賞受賞でこれほど埋もれた人はいないだろう。
賀川督明はグラフィックデザイナー(56)で孫に当たり神戸の賀川豊彦記念館長に就任する。
「自分さえよければいい、という人があふれる今の社会は、もう限界にきている」
DNAはしっかり受け継がれている。
上北沢の松沢資料館がこの国の中心地東京近辺ゆえ訪れやすいのか。
政治の世界でアメリカ離れはこの国では評価されなかった。
日ソ共同宣言の国家間協定は鳩山総理の祖父・鳩山一郎がなしえた。
敗戦後のこの国の指導者予定自由党総裁はGHQから急遽戦犯にさせられ
鳩山一郎は追放され獄に繋がれた。
政治的陰謀は今も無くならない。
戦後この国に登場したのはアメリカとの講和を結ぶ前総理麻生太郎の祖父・吉田茂
登場する課程にはCIAなぞ複雑な背景組織が見え隠れする。
敗戦後のこの国はズ~ッと対米従属下政治にあった。
米国からの自立を宣言しアフガン給油断念をしても
アメリカでの鳩山由紀夫はオバマとの会談を含め総ての会談がなされた。
大統領との会談は安倍でさえ中国韓国を経ての10ヶ月
麻生はイタリアサミットでオバマとの会談も実現ならなかった
自民党の総裁は谷垣で決まるのだろうか28日が投票日である。
いまだマスメデアは彷徨している
自民総裁選挙の複雑さは作られたルモノ。。
ライブドア事件を熱心に追っていた人間なら、西村の名前にはなじみがあるはずだ。西村は、ライブドア事件の時に、投資事業組合にかかわった噂が流れた政治家である。
自民党総裁選挙
これ以上の茶番はない。
清和会の政治集団の下劣ぶりを著している
河野太郎の雄説中の怒りが解ろうというモノだ。
東大-通産省と進んだ西村のキャリアはそっくりの先輩がある。
通産官僚が投資世界で名をなした村上ファンドの村上世彰、
西村は村上の3年後輩
村上はオlリツクスが資金提供者であることが明らかになっている。
西村は村上ファンド関連会社役員から献金を受けていた事実を「赤旗」に暴露された。
谷垣を総裁にするための若手票分断、地方票撹乱のアテウマ。
この種の手法は必ず仕込んである。
神戸人脈の小泉構造改革のうまみを吸って泳がされてる西村である。
明石や灘高校のある神戸はれっきとした都市部。
故に育った環境は思考を決定づける。
西村自身が地方の痛みを理解し、地方を豊かにする政治を目指しているわけでは決してない。
河野太郎が地方の痛みをわかっていないと主張するのかそのことである。
こんな人物が「小泉構造改革」を否定し、地方代表の政治家面するなんてちゃんちゃらおかしい。
西村の小泉構造改革批判は、所属の町村派にとってヤラセ!にすぎない。
町村派の森喜朗や、狂った極右思想安倍晋三に自民党延命のための道具に過ぎない。
経済政策には何の関心もない西村たち。
、民主党政権が支持を低下させた時平沼赳夫ナゾとの国家主義者の台頭とを狙っている。
西村康稔の「陽動作戦」に騙されてはならない。
自民党の復活を望んでいる国民が76%もあるという朝日の世論調査の結果がある。。
敗北が信じられない人々はひそかに復活の野心を燃やしている能力と気力のある者が、この数字に勇気づけられたに違いない。
天木直人元大使は、イラク戦争に反対して小泉純一郎総理にクビを来斬られたサムライ
そのひとが書いている。
自民党はどのような形で復活できるのか。
世間で言われている谷垣とかを押し立て復活が図れると、森や青木が考えているとしたら・・・
、民主党はどんなに内部事情を抱えていても、枕を高くして寝ていればいい。森のサメの頭が何故この国に君臨出来たのか何度となくこのブログで触れている。
http://edit.diarynote.jp/home/diary/edit?time_id=200902250510534273
民主党が警戒すべきは、「敵失による政権交代」という熱狂なき圧勝を、はるかに上回る、大衆迎合的な熱い風を復活自民党が吹かせる時だ。
その風を吹かせることのできる人物が、新しい保守政党をつくる時だ。
橋下大阪府知事の推す候補が共産党以外の全党が推す現職を27日破った。
それより10日も前に 天木直人元大使は未来を見つめる
。自民を再生させる人は誰か。
・・・常識的には橋下大阪府知事である。・・・
味噌をつけた東国原であるが、まだ人気はある。彼が橋下に参加してもいい。
今のところ橋下は自民党を見限って、地方分権では民主党により共感を持ってエールを送っている。
しかし橋下を旗印にした新たな保守新党の要請が出てくれば、一転して橋下は民主党に対抗する政治勢力となるだろう。
しかし、橋下さえも上回る人物がいる。
それはズバリ小泉進次郎だ。
そして、それを願う、親ばか小泉純一郎だ。
日本をここまで破壊した小泉純一郎に、今更誰が熱狂するか、と思う人が多いだろう。
批判の強い世襲息子にどこまで支持が広がるかと疑問を呈する人がいるだろう。
しかし現実はそうではない。
今でも小泉人気は衰えていない。
今でも爺のブログを執拗に何年モ狙ってる累乗なる異常性格者さえ存在する。
政策とか、世襲とか、そんなものは関係ないと考える国民がいる。
世襲批判をもろともせず、そして政権交代の嵐が吹きすさぶ中、小泉進次郎は見事に相手候補を玉砕した。
父親である小泉純一郎がそれを見逃すはずはない。
小泉元首相が、若手の優秀な人材を小泉進次郎のもとに結集させ、民主党のマニフェストを上回る、本物の官から民への改革を叫び、社民党や労働組合に揺さぶられている情けない小沢民主党を厳しく攻撃するようになると、一気に情勢は変わる。
古い自民党はぶっ壊れるが、大勝したはずの民主党を脅かすあらたな保守政党ができる。
それが政界再編の台風の目となり、来年の参院選挙に突入していく事になる。
小沢と小泉の闘いは終わらない。
田中角栄VSと福田赳夫の代理戦争である。
アメリカ圏の離脱自立VSアメリカのポチの継続
CIAなぞ国際的の刺客組織がある。
複数に受け継がれてる政治姿勢の「友愛」は三度候補に挙がったノーベル賞受賞モンである。
理系頭脳総理の常識を越えた行動!その政治上の発明が炸裂する。受賞理由はそれでイイ。
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花言葉は・・・・・・・愛嬌
ゴマノハクサ科、別称は花売り草、夏スミレといろいろとある。
花弁の色分けから正面から見れば美しく楽しい愛嬌があり初夏から秋まで長い花期、
ピンクシロ青色々の花色背丈は20~30センチで鉢にも庭花壇にもこんもりと花をつける。
次々と咲くインドネシア原産の園芸種。
こぼれタネで次の年にも花をつける。
ただし発芽には種も小さく高い温度がいるので苗から買うのがイイ。
ゴマノハクサ科はトキワハズなど数多いが小さな図鑑ナゾで調べると記載されてない。
科にあるわけでバラ、キク、ユリ稲ナゾとおなじで大物植物のハズだがなかなか解らない。
色形の断定説明さえ難しい不可思議さ。
手に届くほどに白き雲がモクモクと行くこの時期に無き異変の天候で30度を超している。
台風銀座に一度のお客さんもなく有り難い天候が続いている。
この空ほど 甘い者の無し 豊の空
この国の失われた十年の小泉政治は敗戦後の64年にくくられる歴史の転換点であった。
無駄な10年であったが国民覚醒のためにはココまで国家破戒がなければならなかったのやも知れない。
爺が繰り返す
明治維新、敗戦、政権交代
のこれからという歴史の流れで読み解けばいい。
そこには何故か時代にあった指導者が現れる。
明治維新時期は英傑がそれぞれの基準で語られている。
この国を形作ったル人々の人材の群れ。
そこにも停滞期が来つつあった。
その明治維新後の近代化を40余年ひた走った時に現れたひとがいる。
米国公文書と同じノーベル選定の経過も50年後には公表される
9月になり時期を経たので公表されて明らかになったコトがある。
モウ一歩でいずれも受賞自体は逃がした。
権威主義のこの国ゆえ惜しいことだ。
この国で始めてのことであろうノーベル賞候補に3度も上がってる人・賀川豊彦である。
、
何故3度も上がったのか。
文学賞2度、平和賞1度である。
日本人での平和賞は非核三原則での佐藤栄作元総理の受賞がアルのみ。
先進国で唯一軍隊が血を流してないのにしては一人はなんであろう。
先週国連で異例の連発の画期的変化があった。
病んでた地球が生き返る方向性が出た。
「低炭素社会を目指すこと」
「核兵器無き地球社会・・」
がアメリカ大統領を議長にして安保理決議でなされた。
これはノーベル賞もんであろう。
イチメントップ記事で報道すべき画期的出来事。
爺なんぞは狂乱の如く飛び上・・がって、のたうちまわっている。
よくぞ!ココまで生きてきた甲斐性があったモンである。
誇れる日本人。
その国の構成員の一人である。
これほど日本の政治指導者が世界に誇れることがあったろうか。
だがマスメデアは動揺してて表現の仕方を知らない。
平和の問題はヒロシマ・ナガサキに冠を得ないと文字が書けないトラウマにあるようである。
地方紙でしか書けない怪しきマスメデア状況は実に危うい
日本が維新後の近代化を40余年ひた走った1909(明治42)年、21歳の青年が神戸の貧民街に移り住んだ。
病気で生死をさまよい貧しい人々のために生きようとした。
キリスト教社会運動家として知られる賀川豊彦の若き日。
それから100年になる。
貧民救済、協同組合運動などに尽くした生涯に光を当て直す本の出版が今年は相次いだ。
30代で書いた自伝的小説「死線を越えて」の復刻本も交じる。
この小説は大正9(1920)年に薩摩の人で円本発行の出版界の風雲児・山本実彦の改造社から出版された。
、総発行部数が400万部という空前のベストセラー。
本屋さんの在庫にはほぼナイので手にとって読めない。
賀川は幼いころ両親をなくし、孤独な少年期に洗礼を受けている。
貧民街での活動は、肺結核で長くは生きられそうにないと思って決めた。
「死線を越えて」は、その後の著書ともども翻訳され、海外でも知られた。
欧米では講演活動も行い、とくに北欧で高い評価を得た。
国内伝導は不思議と宮崎にある。
1932年(昭和7)44歳のときに黒田四郎と1ヶ月台湾伝道。
12月宮崎県小林町を最後に5年の「神の国運動」の伝道終了。とある。
世界伝導は国内伝導の締めくくりを得て実施された。
ノーベル平和賞の候補になった時はシュバイツァーが支持を表明した
このことが今春発行の季刊誌「at」15号、賀川豊彦特集、太田出版にある。
47、48年にはノーベル文学賞の候補
ノーベル財団が先日インターネット上で公開した資料で分かった。
平和賞候補になったのは50年代
日本人で文学賞を受賞したのは68年の川端康成、94年の大江健三郎の2人しかいない。
ノルウェーの森著者が検討されいるが今年はその前段たる殺人者集団国家のイスラエルに出向きそこの文学賞受賞でミソをつけてるがどうにも政治性は嫌らしい。
しかしながら職業的作家ではない人が候補になっていたことに驚く。
文学って何だろう、とも思う。
09/5/17「友愛と公共的知識人」
早速お孫さんがパネリストでのシンポジウム
次は「賀川豊彦と友愛の社会構想」
-公共的活動のあり方を考える-記念事業が施行される
日時:11月3日(火・祝)13:00~17:00
場所:キャンパスイノベーションセンター東京・1F国際会議室
賀川豊彦を日本における公共的知識人の先駆けとして位置づける議論が行われた。
シンポジウムは、さらに賀川の社会運動・社会活動を公共的活動のモデルとしてどう受けとめることができるのか
友愛・公共哲学の観点から賀川の国家・世界構想が現在どのような可能性をもつのか、小林正弥が論じる。
パネル・セッションでは、会場の質疑を交えつつ、
歴史家、宗教研究者、政治哲学者とそれぞれ専門を異にする3人が賀川豊彦の現代的可能性について語り合う。
アメリカにはじまる世界的な同時不況がわが国をも直撃し、昨年は、格差社会のひずみが随所に噴きだして小林多喜二の小説『蟹工船』がブームとなった
その著書が発表される9年前の出来事である。
敗戦で戦後の思想界やキリスト教界に登壇するビッグネームは内村鑑三や植村正久・・それらにつらなる学者やキリスト者たち
何故か。
時勢は賀川豊彦にしても時の問題に邁進させ得ざる得なかった。戦前は労働運動に挺身した。
昭和22(1947)年には全国農民組合長。小作農家を自作農家にするのがGHQを含めた社会の緊急情勢。
世界はこのときノーベル文学賞の候補にあげている。
また昭和29(1945)年から3年続けてノーベル平和賞の候補として推薦をうけた。
その時は、日本社会党の統一大会で社会党の顧問に選任されている。
明治維新の綻びでの活躍、敗戦を生き抜いての社会改革運動家。
皮肉なモノで神に仕えし者は神の悪戯で受賞まではなってないがノーベル賞受賞でこれほど埋もれた人はいないだろう。
賀川督明はグラフィックデザイナー(56)で孫に当たり神戸の賀川豊彦記念館長に就任する。
「自分さえよければいい、という人があふれる今の社会は、もう限界にきている」
DNAはしっかり受け継がれている。
上北沢の松沢資料館がこの国の中心地東京近辺ゆえ訪れやすいのか。
政治の世界でアメリカ離れはこの国では評価されなかった。
日ソ共同宣言の国家間協定は鳩山総理の祖父・鳩山一郎がなしえた。
敗戦後のこの国の指導者予定自由党総裁はGHQから急遽戦犯にさせられ
鳩山一郎は追放され獄に繋がれた。
政治的陰謀は今も無くならない。
戦後この国に登場したのはアメリカとの講和を結ぶ前総理麻生太郎の祖父・吉田茂
登場する課程にはCIAなぞ複雑な背景組織が見え隠れする。
敗戦後のこの国はズ~ッと対米従属下政治にあった。
米国からの自立を宣言しアフガン給油断念をしても
アメリカでの鳩山由紀夫はオバマとの会談を含め総ての会談がなされた。
大統領との会談は安倍でさえ中国韓国を経ての10ヶ月
麻生はイタリアサミットでオバマとの会談も実現ならなかった
自民党の総裁は谷垣で決まるのだろうか28日が投票日である。
いまだマスメデアは彷徨している
自民総裁選挙の複雑さは作られたルモノ。。
ライブドア事件を熱心に追っていた人間なら、西村の名前にはなじみがあるはずだ。西村は、ライブドア事件の時に、投資事業組合にかかわった噂が流れた政治家である。
自民党総裁選挙
これ以上の茶番はない。
清和会の政治集団の下劣ぶりを著している
河野太郎の雄説中の怒りが解ろうというモノだ。
東大-通産省と進んだ西村のキャリアはそっくりの先輩がある。
通産官僚が投資世界で名をなした村上ファンドの村上世彰、
西村は村上の3年後輩
村上はオlリツクスが資金提供者であることが明らかになっている。
西村は村上ファンド関連会社役員から献金を受けていた事実を「赤旗」に暴露された。
谷垣を総裁にするための若手票分断、地方票撹乱のアテウマ。
この種の手法は必ず仕込んである。
神戸人脈の小泉構造改革のうまみを吸って泳がされてる西村である。
明石や灘高校のある神戸はれっきとした都市部。
故に育った環境は思考を決定づける。
西村自身が地方の痛みを理解し、地方を豊かにする政治を目指しているわけでは決してない。
河野太郎が地方の痛みをわかっていないと主張するのかそのことである。
こんな人物が「小泉構造改革」を否定し、地方代表の政治家面するなんてちゃんちゃらおかしい。
西村の小泉構造改革批判は、所属の町村派にとってヤラセ!にすぎない。
町村派の森喜朗や、狂った極右思想安倍晋三に自民党延命のための道具に過ぎない。
経済政策には何の関心もない西村たち。
、民主党政権が支持を低下させた時平沼赳夫ナゾとの国家主義者の台頭とを狙っている。
西村康稔の「陽動作戦」に騙されてはならない。
自民党の復活を望んでいる国民が76%もあるという朝日の世論調査の結果がある。。
敗北が信じられない人々はひそかに復活の野心を燃やしている能力と気力のある者が、この数字に勇気づけられたに違いない。
天木直人元大使は、イラク戦争に反対して小泉純一郎総理にクビを来斬られたサムライ
そのひとが書いている。
自民党はどのような形で復活できるのか。
世間で言われている谷垣とかを押し立て復活が図れると、森や青木が考えているとしたら・・・
、民主党はどんなに内部事情を抱えていても、枕を高くして寝ていればいい。森のサメの頭が何故この国に君臨出来たのか何度となくこのブログで触れている。
http://edit.diarynote.jp/home/diary/edit?time_id=200902250510534273
民主党が警戒すべきは、「敵失による政権交代」という熱狂なき圧勝を、はるかに上回る、大衆迎合的な熱い風を復活自民党が吹かせる時だ。
その風を吹かせることのできる人物が、新しい保守政党をつくる時だ。
橋下大阪府知事の推す候補が共産党以外の全党が推す現職を27日破った。
それより10日も前に 天木直人元大使は未来を見つめる
。自民を再生させる人は誰か。
・・・常識的には橋下大阪府知事である。・・・
味噌をつけた東国原であるが、まだ人気はある。彼が橋下に参加してもいい。
今のところ橋下は自民党を見限って、地方分権では民主党により共感を持ってエールを送っている。
しかし橋下を旗印にした新たな保守新党の要請が出てくれば、一転して橋下は民主党に対抗する政治勢力となるだろう。
しかし、橋下さえも上回る人物がいる。
それはズバリ小泉進次郎だ。
そして、それを願う、親ばか小泉純一郎だ。
日本をここまで破壊した小泉純一郎に、今更誰が熱狂するか、と思う人が多いだろう。
批判の強い世襲息子にどこまで支持が広がるかと疑問を呈する人がいるだろう。
しかし現実はそうではない。
今でも小泉人気は衰えていない。
今でも爺のブログを執拗に何年モ狙ってる累乗なる異常性格者さえ存在する。
政策とか、世襲とか、そんなものは関係ないと考える国民がいる。
世襲批判をもろともせず、そして政権交代の嵐が吹きすさぶ中、小泉進次郎は見事に相手候補を玉砕した。
父親である小泉純一郎がそれを見逃すはずはない。
小泉元首相が、若手の優秀な人材を小泉進次郎のもとに結集させ、民主党のマニフェストを上回る、本物の官から民への改革を叫び、社民党や労働組合に揺さぶられている情けない小沢民主党を厳しく攻撃するようになると、一気に情勢は変わる。
古い自民党はぶっ壊れるが、大勝したはずの民主党を脅かすあらたな保守政党ができる。
それが政界再編の台風の目となり、来年の参院選挙に突入していく事になる。
小沢と小泉の闘いは終わらない。
田中角栄VSと福田赳夫の代理戦争である。
アメリカ圏の離脱自立VSアメリカのポチの継続
CIAなぞ国際的の刺客組織がある。
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理系頭脳総理の常識を越えた行動!その政治上の発明が炸裂する。受賞理由はそれでイイ。
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