散りゆく花に

2009年4月10日 お仕事
今日の誕生日の花は・・・・山桜
花言葉は・・・・・・・・・あなたにほほえむ

 ヤマザクラはバラ科
日本各地の花どころは上野のお山も含め日本から送られたワシントンの川添いもほとんどが染井吉野。
ヤマザクラの名所として知られているのは奈良の吉野山。
山桜は日本の代表的な桜で、山地に広く自生している。
何が違うか。
いわゆる里桜のソメイヨシノ、ヒガンザクラなどは、花が咲いた後から葉が出てくるが、
山桜のヤマザクラ、エゾヤマザクラなどは、葉と花がほとんど同時に開く。
出っ歯のことを山桜というのは、この特徴の歯と鼻が同時に出るに引っかけた表現の隠語。
 ヤマザクラの幼葉は赤みがかっている。
よって遠目には、花が赤っぽいように見える。
石油関連資源が地下にある昔はこの時期が花時であったんであろう。
ソメヨシノより早く南の国では咲す。
9日はや夏日の宮崎には桜島の降灰はなく日本晴れだが政治状況は灰模様。
サクラになぞらえての政治のウルトラ右傾化の論議が華々しい。
コレでは大和の国を見てきた歴史の生き証人の桜の花もさぞや迷惑であろう。
大和人を言い表した歌が曲解されてるからだろう。
70年の場所が市ヶ谷での三島の割腹は爺の人生に反面教師で深く影を落としている。

敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山さくら花 本居宣長

かってブログで抜き書きしたのを孫引き紹介したい。
先哲にじっくり日本を見つめた人に上田秋成がいる
著書「胆大小心録」でこの歌を難詰している。 
「原文」
「い中人のふところおやじの説も、又田舎者の聞(い)ては信ずべし。京の者が聞(け)ば、王様の不面目也。やまとだましいと云(ふ)ことをとかくにいふよ、どこの国でも其国のたましいが国の臭気也、おのれが像の上に書(き)しとぞ。
  敷嶌のやまと心の道とへば朝日にてらすやまざくら花
とはいかにいかに。
おのが像の上には、尊大のおや玉也。そこで「しき嶌のやまと心のなんのかのうろんな事を又さくら花」とこたへた。「いまからか」と云(う)て笑(ひ)し也。」「膽大小心録」第101条『日本古典文学大系 上田秋成集』岩波書店刊

田舎人の年が長じても世間を知らぬ、学問知識の片よった輩(日本古典文学大系の訳)の説も、また、田舎の者が聴いたら信じるだろう。
京都の者が聞いたら、天皇様にかけても面目ない。
知識の開けた都には通用しないはずだ。
やまとだましいということを何かにつけて強調することだ。
どこの国でもその国の魂というものが鼻持ちならぬものだ。
自分の像の上に書いたという歌は、いったいどういうことだ。
自分の上に書くとはうぬぼれの極みだ。

 晩年の秋成は何事も気に食わぬことばかりであった。
その頃の文章だが、誰かが宣長の話をしたのであろう。
それがまた疳に触った。
ただ宣長の自賛像に対する反発が秋成以外にもあったであろうことは推測に固くない。
「しきしまの」の歌をめぐる疑問や毀誉褒貶は二百年後の現在まで続いている。
とりわけ太平洋戦争頃は国威高揚のために盛んに使われ、その後の歌の評価に影を落とすことになった。
 この歌は、第5期国定国語教科書初等科国語7(昭和18年刊)「御民われ」に載せられ、国民学校初等科6年前期教材として教えられた。
山中恒
『御民ワレ ボクラ少国民第二部』【1975年11月刊、辺境社】の記述によれば、この教材は「散文 国体観念教材。五首の短歌とその解説。」といった内容である。
教材の表題は、巻頭の歌
 御民われ生けるしるしあり天地の栄ゆる時にあへらく思へば から採っている。
また、宣長の歌は次のように紹介されている。

「敷島のやまとごころを人とはば朝日ににほふやまざくら花
 さしのぼる朝日の光に輝いて、らんまんと咲きにほふ山桜の花は、いかにもわがやまと魂をよくあらはしてゐます
本居宣長は、江戸時代の有名な学者で、古事記伝を大成して、わが国民精神の発揚につとめました。
まことにこの人に ふさわしい歌であります。」 『御民ワレ ボクラ少国民第二部』P312。
 文章には特別曲解はないが、現場ではどのように教えられたかわからない。
ただ言えるのは、朝日に桜、この言葉が喚起するイメージは次の井上淡星の詩をそう遠く隔たるものではなかった筈である。
  特別攻撃隊を讃える歌
  忘るな昭和十六年
  極月八日大君の
  醜の御盾と出で立って
  朝日桜の若ざくら
  散った特別攻撃隊
  岩佐中佐と八烈士

 このほかに「しきしまの」の歌が武士道と結びついた例を挙げる。
最初は安政4年12月7日生まれで、父は幕臣で表銃隊取締役だったと言う人の文章。
「佐久良は殊にうるはしくいさぎよき花なれば、これを我が大和心に比していへり。
かの宣長が「敷島のやまと心を人とはゞ、朝日に匂ふ山桜花」の歌は何ぴとも知るところにして
、藤田東湖の正気歌に「発為万朶桜」とよみしも同じ意なり。(中略)この花の特色として見るべきは、
散るときのいかにもこゝちよき事なり。
咲き乱れたる頃、颯と吹きくる風の一たび其の梢を払へば、花は繽粉と飛びちりて聊かも惜しむこころなきものゝ如し。そのさまは恰も武士の笑を含みて死に就くに似たり。花のたふとむべき所こゝにあり。
「花は佐久良」山下重民、『国民雑誌』第3巻8号、明治45年4月15日刊(『風俗画報・山下重民文集』収載)。

奈良女子高等師範学校教官の本からの引用。  
 「日本の武士は決して死をおそれませんでした。うまく生きのびようとするよりもどうして立派な死にようをしようかと考えている武士は、死ぬべきときがくると桜の花のようにいさぎよく散っていったのです。だから本居宣長という人は、  敷島の大和心を人とはば朝日ににほふ山桜花
という歌を歌って、日本人の心は朝日に照りかがやいている桜のようだと言ったのです。」『大日本国体物語』白井勇、昭和15年3月刊、博文館。

宣長が武士道を歌ったとはどこにも書かれていないが、いさぎよく散った桜、と述べたすぐ後で「しきしまの」の歌が引かれていれば、その延長線上で理解されてもしかたがない。この歌を散る桜のイメージでとらえている。
 時は昼頃、花はソメイヨシノ
現代日本人の99%が誤解または理解できていない歌、
大和心、大和魂と聞いて貴方はどんな連想をしています?
まず間違いなく、武士道やら戦争と結びつけたイメージを描いていないでしょうか?
が、これは大嘘というか、大間違い。
流布というものには、実にいい加減なものがある、その典型。
 何故、そんなことが言えるのか?
大和心や大和魂が、歴史上、どんな風に使われてきたか。
それを見れば一目瞭然。
、何故、大和心などとワザワザ言う必要があったのか?
一体、誰が、どんな風に使ったのか?
そこには対立する概念があったハズ、と気付けば答えは見付かったも同然。
それが漢才(からざえ)であり、直接的には学問を指している。
机上の学問、死んだ理屈。
対して大和心は、生活の智慧、生きた常識という意味合いで用いられていた。
-後拾遺和歌集より-
乳母(めのと)せんとて、まうで来たりける女の、乳の細く侍りければ、詠み侍りける

妻に送る大江匡衡(おおえのまさひら)の歌、
『 果(はか)なくも 思いけるかな 乳(ち)もなくて 博士の家の 乳母せんとは 』
返し、赤染衛門
『 さもあらばあれ 大和心し 賢くば 細乳(ほそぢ)に附けて あらすばかりぞ 』
-源氏物語 乙女の巻より-
『 猶、才(ざえ)を本(もと)としてこそ、大和魂の世に用ひらるる方(かた)も、強う侍らめ 』
、小林秀雄著「本居宣長」より
唐国のもののしるしのくさぐさを 大和心にともしとや見む -赤染 衛門-
このように、大和心も大和魂も平安期の女性が使いだした言葉だった。
『 うちの亭主(男)はなんて馬鹿なんだろう。きっと
大和心がないからに違いない! 』
大和心とは、そのような使い方がなされていた言葉だった。

この構図は現代でも全く同じこと。
愚かな人間にならぬよう学問をすること。
二千年もの間、日本人はそれと苦闘してきた。
辺境の田舎の山間に育った無学の徒が桜を眺めていると
日々心新た日々向上。他人の教えを受け姿勢を正そうと誓いたくなるのはそこにある。
森光子は89歳でも放浪記での元気の舞台は2000回をこえ、渡辺美佐子は平和のメッセージの朗読に努めさらに連ドラに気鋭をみせる。その下の世代の吉永小百合は平和の朗読を続ける。
日の本の国はアマテラスの御代より女なしでは日もあけない。
ところが政治家にはそれがどうにも見られない選民の驕り高ぶりぶり。

自民党に核武装論が出だした。
さらには国連脱退である。

山本一太は自民党防衛部会長でもあるが自衛隊の敵基地攻撃能力を持つこと正式に部会で協議に乗せた。
さらに踏み込んでの驚愕の自民党内の動きがある。
自民党の組織本部長が「核武装と国連からの脱退」を提唱!
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090407-00001011-yom-pol
自民党の7日の役員連絡会で坂本剛二組織本部長が北朝鮮のミサイル発射に対し、日本も核保有すべきだと述べた。
さらに国連からの脱退をも言及している。

それがトンデモはなしではない部分がある。

麻生総理があれほど逃げ回っていた総選挙を積極的に言い出した。
補正予算を国会に提出し相手の出方次第と8日の会見でえらく威勢がいい。
囁かれてる安倍元総理が外務大臣として返り咲き前原民主副党首と安倍は来週ワシントンに向かう。
総選挙が日程に上ってるこの時期に政治家の行動である。
国連脱退の「迷」演説は山口の人松岡洋右外相。岸家に連なるDNA。
岸家とは安倍元総理の信奉する政治の心根の師・岸信介で安倍とはせだいが一つ違う縁戚である。
政治は二世三世が行ってる現状からこのDNAの血筋は案外貫かれてる部分があるから心配し時代と人の因縁に警鐘を鳴らしているつもりである。

オバマは軍事同盟NATOの60年記念式典での6日、唯一の核武器使用国の懺悔の演説をした。
世界の潮流の節目は変わってきている。
その時代はを耳をかさず逆境の動きを「北」を演出し防衛利権を狙ってるフシがある。
日刊ゲンダイに解説記事がある。
100年に一度を千載一遇の利権チャンスの狙いがある。
「北」の問題をまさに100年に一度の千載一遇の田中派支配の受け継がれた小沢で象徴される道路利権に変わる利権チャンスとした。
麻生総理は危機をあおり、非公開が前提のミサイル破壊措置命令の発令も公開した。
秋田と岩手に実戦配備される地対空誘導弾パトリオ

ット(PAC3)部隊の車両30台が高速道路を北上する姿まで報道陣にさらしている。
それでいて政府は「日本に飛来する恐れは認められない」としているのだから、国民は混乱してしまう。

ジャーナリストの野田峯雄は「『憂国』『腐敗』日米防衛利権の構造を」の著者。
「政府は自ら実戦化した舞台をつくり、戦闘への備えを進めています。これが本気なら、PAC3配備という隠して当然の軍事行動について
、なぜマスコミを集めて見せびらかすのか。原子力発電所の燃料運び込みですら、ダミーの車両を走らせるなど細心の注意を払っています。それなのに軍事機密は、だだ漏れで偽装工作もしない。常識では考えられないことをやっているのです」
やれもしないのに実戦配備の大宣伝
 これだけ備えても迎撃は不可能だ。北朝鮮の銀河2号は事前の大騒動で結果予測をした通りであった。
、日本の頭上を通過する8分後には上空300キロを飛行。
一方、海上自衛隊のイージス艦から発射される迎撃用ミサイルSM―3の上昇限度は250キロ程度。撃ち落とそうにも届かない。
 PAC3なんて射程は半径20キロ。
せいぜい落ちてきた物体を破壊する能力しかないゆえマスコミを利用した。
それこそ鴻池官房副長官が言うように、
「鉄砲の弾を鉄砲の弾で撃ち落とすようなもの」でムリ。現実にはもともと手も足も出ないのが事実。
 それでも大騒ぎし多のは何故か。
ミサイル防衛(MD=ミサイル・ディフェンス)計画が道路族以後の利権になっているからだ。
野田峯雄は言う。
「計画を推進する米国に両手を引っ張られ、日本は小泉政権の04年度からMDに予算を付けてきました。その総額は、09年度概算要求額を含めると8076億円に上ります。これに群がっているのが、日米の軍需企業群と政治家たち。とかく政治家は安全保障とか憂国の情とかきれい事を並べますが、本当の動機は不純。北朝鮮危機は防衛利権で甘い汁を吸う連中に利用されているわけです」

 そんなことは百も承知のはずのNHKをはじめマスコミは連日、「北」の問題をトップの扱いで報じた。
戦争をビジネスにしている連中のために、大宣伝をやり抜いた。
ときあたかも総選挙日程を模索していた時期である。
敵将は賊として秘書を逮捕、外敵「北」を以上に敵愾心でマスコミを利用して煽る、
一票ほしさに一人最低でも1万2千円を合法的に配る。
保守陣営には核武装、こくれんだったいまでのリップサービス。
間抜けな国民はお花を愛でて天下泰平。
戦後最大の倒産件数の新聞はお花見の座興で座るケツ下で屁とも思わない。
或いは焼き肉のテッケで火の車の経営の新聞で火をおこす道具と使っている。
活字よりオケツの持病がチョといたい。
狂歌もどきで狂乱ぶりを覆い隠すが一番の爺の処世術。

はるぞらに 花を愛でて 放屁一発。

ヤマザクラにはふっくら膨らんだ房を持つ藤の枝がからみ
ついている。

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