Der Lindenbaum
2009年2月23日 お仕事 コメント (1)今日の誕生日の花は・・・オウバイ
花言葉は・・・・・・・恩恵
オウバイは黄梅の字を当てる、
発音的に似てる老梅は紅白の梅林にありこの時期の梅の名所。
オウバイは発音違いで2mにもなるが低木の庭木生け垣にある。
筒状の先端の黄色い花は花びらは梅と違い6枚の2センチぐらいの黄色の花。
蔓状に垂れ下がる枝から地面についてるところから根が出てくる。
挿し木取り木で容易に増やせる。
小品盆栽に全景を5センチぐらいの中に春満開で5,7展飾りの添え物。
中国北部が原産でこの時期ゆえ迎春花
古くから日本にあり、いにしえの歴史に思いをはせえる花。
ろうばいや かまくらやまに かぜいでぬ
新作能を発表された多田富雄元東大教授の08年12月24日水道橋宝生館発表会をみた
白州正子逝って10年を祈念して、宝生流梅若玄祥花人川瀬敏郎、繋・真野響子のてで一夜限り公演で蘇った。
黄泉の川をみての全身不自由なる中での新作とは凄いモノだ。
宮崎には鵜戸神社に能舞台がある。
ご存じ挙げてる方も宝生流である
つづいて
23日NHKテレビ深夜1時過ぎからの「課外授業~ようこそ先輩~」をみた。
オペラ歌手岡村喬生。
再放送で09年1月15日(日)13:05~より放映されている。
芸大でなく早稲田・文化ゆえ文もいい。
PR誌で一番古いのは学燈であるが、同じ小誌で年間1000円で自宅に届けていただける岩波PR誌図書があるがそれに寄稿されてるのでいずれアップする。
芸術文学のテーマのジャンルに悲恋恋愛ものは世界の不変のテーマ。
金色夜叉の熱海の海岸には国体の会場でかなり海岸線が変わってるが
寛一お宮の由来が書かれその松は何代目か知らんが植わってた。
この曲がソウである。
恋の普遍性、菩提樹で愛を囁いた女は金持ちと結ばれる。
恋に破れた若者は旅を続け放浪の旅にある寂寥感。
心の支えを失い忘れることが出来ない。
岡村の歌菩提樹には誰しもこみあげるモノに胸が痛くなろう。
同じように恋に落ちたあらゆる人々
安らぎは取り戻せたのか
こうして書けることも国家に敬意を寄せるべきであろうが
お恥ずかしき乾きで学業を捨てたゆえ全くの無知。
どうして学業に全力で励めえなかったのか。
お恥ずかしき次第。
ただ学んだという誇りに有り難きは唯一のたった二つの楽曲にある。
それがオペラ歌手岡村喬生の映像で放映された。
その一つが母校の後輩の小学生にドイツ語原曲で菩提樹で覚えさせる宿題である。
まったく話せぬママ飛び込んだイタリア留学体験からの知のかわきへの後輩への乱暴なる教えである。
翌日ドイツ語言語で歌う「課外授業~ようこそ先輩~」に登場する子らは一夜漬けでよくぞ覚えたるモノだ。
画面から爺に高校時の青春譜の苦き思いが髣髴とする。
40幾星霜も過ぎてるが昨日の如くの想いはナンであろうか。
この爺の歳で新鮮なる記憶は忘却の機能不全で不思議なる生き物である。
嗚呼!青春はいまだ隣にあり。
あの日がひと目ひと事蘇らん。
♪ いず-みに そい-て しげ-る ぼだいじゅ-♪
Am Brunnen vor dem Tore, da steht ein Lindenbaum
菩提樹Der Lindenbaum
(訳詞:近藤朔風)
泉に添いて 茂る菩提樹
したいゆきては うまし夢見つ
みきには彫(え)りぬ ゆかし言葉
うれし悲しに といしそのかげ
今日もよぎりぬ 暗きさよなか
まやみに立ちて まなこ閉ずれば
枝はそよぎて 語るごとし
来よいとし友 此処に幸(さち)あり
おもをかすめて 吹く風寒く
笠は飛べども 捨てて急ぎぬ
はるかさかりて たたずまえば
なおもきこゆる 此処に幸あり
“Am Brunnen vor dem Tore“
Der Lindenbaum (Wilhelm Muller)
Am Brunnen vor dem Tore da steht ein Lindenbaum;
ich träumt’in seinem Schatten so manchen süßen Traum.
Ich schnitt in seine Rinde so manches liebe Wort;
es zog in Freud und Leide zu ihm mich immerfort.
Ich mußt’ auch heute wandern vorbei in tiefer Nacht,
da hab ich noch im Dunkel die Augen zugemacht.
Und seine Zweige rauschten, als riefen sie mir zu:
komm her zu mir, Geselle, hier findst du deine Ruh!
Die kalten Winde bliesen mir grad in’s Angesicht,
der Hut flog mir vom Kopfe, ich wendete mich nicht.
Nun bin ich manche stunde entfernt von jenem Ort,
und immer hör ich’s rauschen: du fändest Ruhe dort!
Nun bin ich manche Stunde entfernt von jenem Ort,
und immer hör ich’s rauschen: du fändest Ruhe dort!
シューベルトの連作歌曲集『冬の旅』から第5曲『菩提樹』、
本来、連作歌曲の一部として前後の曲と内容的にも音楽的にも有機的な繋がりを持つ曲なのですが、この曲のみを教えていただいた
「原語の歌詞で歌うのと日本語で歌うのでは感じが違って当然」とある。
「それでは、原語バージョンと日本語バージョンに、優劣があるのか」
第二外国語にはフランス語かドイツ語が選択が通常であろうが原語バージョンは全く解らない。
この日は放映されなかったがすくなき知識にもう一曲
『ます(Die Forelle)』がある。
シューベルトによる1817年作曲の歌曲。
これがアップしようとするがうら覚えで知ってる歌詞でない。
何時間も探しても出てこない。
図書室で見るしかないみたい。
音大生のブログで逸話を覚えている。
申し別けないが自虐をカバーーさせていただいた。
友人(うた科)は昔、シューベルトの「鱒」のことを事もあろうに
師匠の前で「たる」と読んだ。
その日以来、2度とその歌は歌わせてもらえなかったそうだ。
もう一つ。
昔、ポピュラー音楽の授業のテストで、「エルビスプレスリーの音楽の特徴を述べよ」 という問題がでた。
あとで皆で答え合わせをしている時、1人の友人がプレスリーの特徴を 「もみあげ」と書いていたことが発覚した。
オペラ好きでモスクワまでいってる人で思い出した。
ブッシュのまえでのエルビスの形態模写をして媚びを振るさもしさである。
モスクワから12日に続いて執拗に二度目の同じ主張の議席数三分の二の採決の時の本会議欠席の麻生批判。
遠くロシアでの小泉純一郎のオペラ鑑賞である。
丁度麻生総理が樺太=サハリン2の祝賀に会わせたかの如くのモスクワからの反攻の狼煙のメーツセージである。
「ゆるさぬぞ!」
売国奴&護憲派との争闘。
売国派はマスコミを抱き込んでの暴力的背景で主導権を握り読売グループを動かしての郵政民営化の象徴のかんぽの宿疑惑隠しに総てをかけている。
ことの大胆さからどうにもCIAの暴力を感ずる。
正力の読売時代から読売はCIAの手先でメッセンジャー。
アメリカ資本が参入しやすくするというアメリカの言うとおり国内生活基盤を総てに「ぶっこわし」破戒し売り渡す忠実に履行してきた小泉竹中政治をオバマが助けぬはずはない。
24日ホワイトハウスでも改めて迫られよう。
朝日が小泉チルドレン井脇ノブ子を23日トップで暴いてるのがマスコミの平衡感覚ナンであろうか。
22日青森の麻生総理演説会には初めてのことであろう。
空席さえ報道映像化されている。
中川大臣の首が飛んだのもアメリカの日本に対する脅しなのだろう。言う事を聞かなければ読売グループのナベツネや氏家が森・古賀を集めて麻生降しを画策する。
実証があるではないか。安倍総理や福田総理のような表面化してない不可解な辞任劇の真相。
それはアメリカ国債の押しつけである。
もう一つは戦争負担金の先取り、アフガン戦争負担金である。
☆パキスタン タリバン連携の武装勢力と「恒久停戦」合意 (毎日新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090222-00000002-mai-int
http://www.asyura2.com/09/wara7/msg/129.html
アフガニスタンの旧支配勢力タリバンと連携関係にあるこの武装勢力は16日、同地区へのイスラム法導入を条件に、武力闘争を放棄することでパキスタン政府と合意している。
WBCなぞ楽しんでたら時間無くって・・
あとでアップします。
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花言葉は・・・・・・・恩恵
オウバイは黄梅の字を当てる、
発音的に似てる老梅は紅白の梅林にありこの時期の梅の名所。
オウバイは発音違いで2mにもなるが低木の庭木生け垣にある。
筒状の先端の黄色い花は花びらは梅と違い6枚の2センチぐらいの黄色の花。
蔓状に垂れ下がる枝から地面についてるところから根が出てくる。
挿し木取り木で容易に増やせる。
小品盆栽に全景を5センチぐらいの中に春満開で5,7展飾りの添え物。
中国北部が原産でこの時期ゆえ迎春花
古くから日本にあり、いにしえの歴史に思いをはせえる花。
ろうばいや かまくらやまに かぜいでぬ
新作能を発表された多田富雄元東大教授の08年12月24日水道橋宝生館発表会をみた
白州正子逝って10年を祈念して、宝生流梅若玄祥花人川瀬敏郎、繋・真野響子のてで一夜限り公演で蘇った。
黄泉の川をみての全身不自由なる中での新作とは凄いモノだ。
宮崎には鵜戸神社に能舞台がある。
ご存じ挙げてる方も宝生流である
つづいて
23日NHKテレビ深夜1時過ぎからの「課外授業~ようこそ先輩~」をみた。
オペラ歌手岡村喬生。
再放送で09年1月15日(日)13:05~より放映されている。
芸大でなく早稲田・文化ゆえ文もいい。
PR誌で一番古いのは学燈であるが、同じ小誌で年間1000円で自宅に届けていただける岩波PR誌図書があるがそれに寄稿されてるのでいずれアップする。
芸術文学のテーマのジャンルに悲恋恋愛ものは世界の不変のテーマ。
金色夜叉の熱海の海岸には国体の会場でかなり海岸線が変わってるが
寛一お宮の由来が書かれその松は何代目か知らんが植わってた。
この曲がソウである。
恋の普遍性、菩提樹で愛を囁いた女は金持ちと結ばれる。
恋に破れた若者は旅を続け放浪の旅にある寂寥感。
心の支えを失い忘れることが出来ない。
岡村の歌菩提樹には誰しもこみあげるモノに胸が痛くなろう。
同じように恋に落ちたあらゆる人々
安らぎは取り戻せたのか
こうして書けることも国家に敬意を寄せるべきであろうが
お恥ずかしき乾きで学業を捨てたゆえ全くの無知。
どうして学業に全力で励めえなかったのか。
お恥ずかしき次第。
ただ学んだという誇りに有り難きは唯一のたった二つの楽曲にある。
それがオペラ歌手岡村喬生の映像で放映された。
その一つが母校の後輩の小学生にドイツ語原曲で菩提樹で覚えさせる宿題である。
まったく話せぬママ飛び込んだイタリア留学体験からの知のかわきへの後輩への乱暴なる教えである。
翌日ドイツ語言語で歌う「課外授業~ようこそ先輩~」に登場する子らは一夜漬けでよくぞ覚えたるモノだ。
画面から爺に高校時の青春譜の苦き思いが髣髴とする。
40幾星霜も過ぎてるが昨日の如くの想いはナンであろうか。
この爺の歳で新鮮なる記憶は忘却の機能不全で不思議なる生き物である。
嗚呼!青春はいまだ隣にあり。
あの日がひと目ひと事蘇らん。
♪ いず-みに そい-て しげ-る ぼだいじゅ-♪
Am Brunnen vor dem Tore, da steht ein Lindenbaum
菩提樹Der Lindenbaum
(訳詞:近藤朔風)
泉に添いて 茂る菩提樹
したいゆきては うまし夢見つ
みきには彫(え)りぬ ゆかし言葉
うれし悲しに といしそのかげ
今日もよぎりぬ 暗きさよなか
まやみに立ちて まなこ閉ずれば
枝はそよぎて 語るごとし
来よいとし友 此処に幸(さち)あり
おもをかすめて 吹く風寒く
笠は飛べども 捨てて急ぎぬ
はるかさかりて たたずまえば
なおもきこゆる 此処に幸あり
“Am Brunnen vor dem Tore“
Der Lindenbaum (Wilhelm Muller)
Am Brunnen vor dem Tore da steht ein Lindenbaum;
ich träumt’in seinem Schatten so manchen süßen Traum.
Ich schnitt in seine Rinde so manches liebe Wort;
es zog in Freud und Leide zu ihm mich immerfort.
Ich mußt’ auch heute wandern vorbei in tiefer Nacht,
da hab ich noch im Dunkel die Augen zugemacht.
Und seine Zweige rauschten, als riefen sie mir zu:
komm her zu mir, Geselle, hier findst du deine Ruh!
Die kalten Winde bliesen mir grad in’s Angesicht,
der Hut flog mir vom Kopfe, ich wendete mich nicht.
Nun bin ich manche stunde entfernt von jenem Ort,
und immer hör ich’s rauschen: du fändest Ruhe dort!
Nun bin ich manche Stunde entfernt von jenem Ort,
und immer hör ich’s rauschen: du fändest Ruhe dort!
シューベルトの連作歌曲集『冬の旅』から第5曲『菩提樹』、
本来、連作歌曲の一部として前後の曲と内容的にも音楽的にも有機的な繋がりを持つ曲なのですが、この曲のみを教えていただいた
「原語の歌詞で歌うのと日本語で歌うのでは感じが違って当然」とある。
「それでは、原語バージョンと日本語バージョンに、優劣があるのか」
第二外国語にはフランス語かドイツ語が選択が通常であろうが原語バージョンは全く解らない。
この日は放映されなかったがすくなき知識にもう一曲
『ます(Die Forelle)』がある。
シューベルトによる1817年作曲の歌曲。
これがアップしようとするがうら覚えで知ってる歌詞でない。
何時間も探しても出てこない。
図書室で見るしかないみたい。
音大生のブログで逸話を覚えている。
申し別けないが自虐をカバーーさせていただいた。
友人(うた科)は昔、シューベルトの「鱒」のことを事もあろうに
師匠の前で「たる」と読んだ。
その日以来、2度とその歌は歌わせてもらえなかったそうだ。
もう一つ。
昔、ポピュラー音楽の授業のテストで、「エルビスプレスリーの音楽の特徴を述べよ」 という問題がでた。
あとで皆で答え合わせをしている時、1人の友人がプレスリーの特徴を 「もみあげ」と書いていたことが発覚した。
オペラ好きでモスクワまでいってる人で思い出した。
ブッシュのまえでのエルビスの形態模写をして媚びを振るさもしさである。
モスクワから12日に続いて執拗に二度目の同じ主張の議席数三分の二の採決の時の本会議欠席の麻生批判。
遠くロシアでの小泉純一郎のオペラ鑑賞である。
丁度麻生総理が樺太=サハリン2の祝賀に会わせたかの如くのモスクワからの反攻の狼煙のメーツセージである。
「ゆるさぬぞ!」
売国奴&護憲派との争闘。
売国派はマスコミを抱き込んでの暴力的背景で主導権を握り読売グループを動かしての郵政民営化の象徴のかんぽの宿疑惑隠しに総てをかけている。
ことの大胆さからどうにもCIAの暴力を感ずる。
正力の読売時代から読売はCIAの手先でメッセンジャー。
アメリカ資本が参入しやすくするというアメリカの言うとおり国内生活基盤を総てに「ぶっこわし」破戒し売り渡す忠実に履行してきた小泉竹中政治をオバマが助けぬはずはない。
24日ホワイトハウスでも改めて迫られよう。
朝日が小泉チルドレン井脇ノブ子を23日トップで暴いてるのがマスコミの平衡感覚ナンであろうか。
22日青森の麻生総理演説会には初めてのことであろう。
空席さえ報道映像化されている。
中川大臣の首が飛んだのもアメリカの日本に対する脅しなのだろう。言う事を聞かなければ読売グループのナベツネや氏家が森・古賀を集めて麻生降しを画策する。
実証があるではないか。安倍総理や福田総理のような表面化してない不可解な辞任劇の真相。
それはアメリカ国債の押しつけである。
もう一つは戦争負担金の先取り、アフガン戦争負担金である。
☆パキスタン タリバン連携の武装勢力と「恒久停戦」合意 (毎日新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090222-00000002-mai-int
http://www.asyura2.com/09/wara7/msg/129.html
アフガニスタンの旧支配勢力タリバンと連携関係にあるこの武装勢力は16日、同地区へのイスラム法導入を条件に、武力闘争を放棄することでパキスタン政府と合意している。
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コメント
犯人が初めて画面に登場するシーン。
ただ黒澤明はそこで『グリーンフィールズ』を使いたかったらしい。ブラザーズ・フォアの歌ったヒット曲。
スタッフの人たちも確かに合うとその選曲のセンスの良さに脱帽したとか。
しかし版権の問題で断念したらしい。
実証で『グリーンフィールズ』をやっても合わないらしい。
タイミングの問題かと色々試してもどうも巧くいかない。
まさか黒澤明に調子を合わせたとか?
だけど、結局合う。
現実音のようにする。
よく考えると『鱒』もラジオから流れてくる音楽。
確かにそうしてみると見事に合う。
合いすぎる
犯人がカッコよすぎる。
で、オリジナルで見るとやはり『鱒』の方がしっくり来る。
『鱒』ならば下町の風景描写にも相乗効果になる。
『グリーンフィールズ』では山崎努を魅力的に演出してしまう。
ただでさえ犯人側に立ってしまった観客も多かったのですから版権があってよかったのでしょう。
因みに犯人逮捕の場面では『オーソレミオ』のインスト版が使用されている。
そこでもプレスリーの曲を使いたかったとか。