きょうの誕生日の花は・・・やどり木
花言葉は・・・・・・・・・困難に打ち勝つ

寄生してふえ生きる強い繁殖力。
花は三月なのに何故にこの時期の花かの疑問が起こる。
西欧ではその強さからクリスマスの花飾りに使う故とと。

遠山に ひのあたる かれのかな  虚子

参議院10日の集中審議をビデオで確かめて睡眠時間がない。
興してる最中でいずれアップしたい。

ノーベル賞授賞式は初めてのことで日本語で授賞式があった
恐るべし!名古屋大益川効果である。川端康成に次いで二人目での受賞記念講演の日本語。
益川語録の「日本語しか話せませんから。」と屈託の無いのがいい。それがこの初めてのことを生んだんであろう。
スウェーデンの国家の余裕から逆に威厳さえ感じる受賞式であった。

10日21時までTBS「ありがとう遠藤実あなたのうたがあったから」を観た。
ホント!ばかだなぁ~と自分を哀れむ。
歌われた曲は全部知っている。
そんなひまがあったんなら何故に多国語会話の一つやらなかったのか。

団塊の世代が経験する世代間断絶が一番現れるのはカラオケの時で選曲でこんなにも違おうモノかとのとき。
どのドラマもBC級映画を観ている思いで観るきがしない。
勧善懲悪調で下手ではあるが歴史を教わるに格好なる高句麗誕生を描くチョルボンから身を興した「朱豪シュモン」以外は。ヤタノカラスも大和の国の興りの起源さえc級ドラマが解き明かす。

この日は違った。
テレビの凄さはタイムリー・ドキュメント制にある。

二人の愚息たちは演歌を爺と共有しなく食わずモノ嫌いで知らない。
Jポップでくくられるニューミジュックのみである。

今では演歌はジェロさえ人気を得て演歌の星の時代さえきてるではないか。

ラジオ深夜便ではペルーからののど自慢実況放送の裏を宮川アンカーが話していた。
以前はのど自慢がブラジルから放送されたことがある。
ヨシ・オーシロー日系三世がペr-大会で優勝し、日本でのチャンピオン大会で優秀賞。
前川清の持ち歌でも苦難のカラオケの「抱きしめ」を本人に勝るとも劣らないうまさで歌った。
日本語が全く出来ないのにすごいモンである。

サイモント・ガーファンクルがこの国のフロクローレを広げた。
アンデス・インカの歌はケーナ、パンフルート、チャランゴ、トトラなどの楽器が旅愁をさそいマチュピチの3000Mの高地に誘う。

遠藤実を追悼する出演者・・・森昌子の手紙を読まれる当たりの途中から出演者エピソードと関係ない傍観者のもう一人が自分を観ている。
悲しみを生きるバネに必死でもがく光り輝く雲上人のスターたちが生の人間を見せる。
連綿と繋がる命の連鎖。

日本レコード大賞は田舎の地方に住むモノにも等しく楽しみを届けて自称の審査員であった。
今年第50回の記念の年。この人は逝った。
やすらかに眠られんことを祈った。

棺桶に一歩足を入れてるゆえ人ごとではない。
ご親切に出演者のお話の思い出とオーバラップ。
五月みどり「お暇ならきてよね」は昭和36年、ナツメロの域なんである。
そいうえば森昌子のせんせいも含めテレビがカラー化でなく白黒時代である。

17歳の内弟子千昌夫がエピソードを話す。
最後まで看取ったヒトである。
高井戸警察周りには弟子になりたくて若者が訪れていたという。

遠藤実は17歳で流しをして9年。
それから5000曲の歌を残したという。

44年のつきあいでもいつも緊張している。
愚息たちは星影のワルツさえ知らないだからお話のしようがない。
熱唱的やリズム感に嫌悪感するあるらしい。

ではピアノを買い与えたのは誰かと言いたい。
友達インチにどこでもあるから平準化、有り難さはない。

北国の春・・♪あのふるさとえかえろかな~♪・・のこのフレーズでさえ共通項でないんであろうか。

演歌の持つ暖かさ優しさ喜び悲しみ
民族の心に引き継がれているものを写し取っている。

われらはどこで始まり、どこからきて、どこへ流れ去るのか。
宇宙の誕生と我らの誕生、大きなとうとうたる生命の流れは未来永劫流れ爺はどこにいるのだろうか
多くの周りのものをなくした。
恩人や兄や父母は行き先にいるだろうか。
はたして爺のことを待っているだろうか
そう遠くない時期その流れに帰って行かねばならない。

23時から特集を聞いたが「GIFT」さえなかなか馴染めなくキンキン声のみで琴線はうたない。

途中です。

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