富山・高岡は来年400年を迎えるがタボス経済会議を中国で開催中にその大陸に屏風の役の初冠雪を記録した立山連峰
昨年より23日早く雄山(標高3003メートル)など3000メートル級の山並みが美しく雪化粧とある。
彼方にある台風15号は最大風速83メートルと途轍もない。
今年の宮崎の残暑は長く、日中には今日もクーラーが回っている。

街頭は右翼街宣車が繰り出しより暑さを人為的に演出。
中山大臣のお国入り歓迎を帳消し。
耳を傾けてみると大臣が建設業者からの献金問題を追求している。マイクのひとはよう頑張っているが名前は書けない。
中央と現地は追求でも大違い。

舌禍で流石に中山大臣、訂正お詫び会見したのにもかかわらず、地元ゆえかよりボルテージを挙げての日教組攻撃。
労働組合批判!これほど田舎の宮崎で票になるモノはない。
日教組組織破壊の歴史の前にアリもしない存在程度の組織を今だ攻撃してる。大丈夫かい?

中山の乗った街頭宣伝車にいた知己の秘書に忠告するが返事は重い。
どうやら覚悟を決めてるようである。

桜と菱と鶴とは宮崎では共存している。
菱の幹部は桜の幹部と懇意。
鶴は中央でのこれまでの建設大臣指定ポストの線からの仕事難に無縁で、この業種で唯一裕福であちこちのビルを密かに買い占めオーナーに治まっている。

組織の怖さが解ってるゆえでの対する選挙陣営組織への攻撃ナンであろうか。
せまる選挙の恐怖なんぞ「お大臣さま」ご祝儀で安定であったのに
羽音に驚き逃げ出した源氏・頼朝追討に圧倒的に有利な平家・平維盛ら征東軍七萬騎の
富士川での乱れみたいなモノ。
「肝っ玉」が東大卒大蔵官僚に欠けてる資質。
地元のリップサービスにしてはマスコミ包囲の中でタイミングが悪すぎる。
周りに知恵者がいない証し。

政権与党の組織疲労。
動員されてる大臣演説聴衆者の多くは鶴の人ジャン!

創価学会=公明党にとっては、日蓮正宗破門による組織崩壊という恐怖であろう。

日本国との国体組織からは2008年間で初めて宗教政党が政権の中枢に居座りつたることである。

組織規律で彩られた宗教が権力を握るとこの国の民は八百万の神のゆえ一瞬にして国家政体は征服されよう。

自公が連立政権を組んだ時、ちょうどナチス・ヒットラーが出た時の形態と非常に似てイル。
思想的に幅広い組織員の自民党という政党の中にある一部右翼ファシズム的要素、
公明党の中における狂信的要素、この両者の間に奇妙な癒着関係は恐い。

保守独裁を安定化する機能を果たしながら、同時にこれをファッショ的傾向にもっていく
そうなった時には日本の議会政治、民主政治もまさにアウト。
福田康夫が政権が投げださねばならなかった真実!公明の組織の圧力の怖さを吐露せず
小沢民主党にしてしまった福田の犯罪性は大きな汚点である。

70年代以前の頃に田舎では授業を休んで藤原弘達『創価学会を斬る』=言論出版妨害事件を観光ホテルに聞きに行くには
距離的にも周囲の制約からも翌日を含め苦難であった。
学生服のあの時を想い出す。

最初の出版妨害で書店から藤原弘達の著書が消えたときから危機感を持っていた。
大宅壮一らと違い右翼的論者と目星してた藤原弘達の慧眼と三島由紀夫の割腹は爺の経験で記憶深い

中山大臣は堂本千葉知事、アイヌ民族組織には面会して詫び
日教組には会わずに抗議文だけ受け取ったとのニュースを見たが今日の宮崎での行動で其れが理解できた。
政治家も芸能人ばりの要素が求められる時代。
映画も見ず学生運動にも参加しなかった庶民心理知らずの東大生の悲劇?

変化のキーワードで見るなら真の歴史的改革者の一人が消えた。
ポール・ニューマン(83)が26日がんのため死去したニュース。
『明日に向って撃て!』でヒッピーのアメリカの既存の映画に対しての秩序破壊を鑑賞してビックリしたモノだ。
『ハスラー』玉突きの弓の先につける滑り止めの大人びた格好良さ。
『評決』始まる裁判員制度の先取り、良くもこの地味さが娯楽映画として成立したモノだ。
アメリカの底深さを教えてもくれた。

ゲーリー・クーパーやクラーク・ゲーブルら戦前の男優が強く明るい英雄を演じたのに対して、
戦後に現れたニューマンらの世代は「負け犬」的なヒーロー像を体現。勧善懲悪の底浅い邦画のお粗末さを感じた。
「ハッド」で見せた陰影ある演技は忘れがたい。

ベトナム戦争ではジェーン・ホンダらと反戦・反核などの騎手。
英雄有名人志向がないゆえ一人の仲間としてみた。
直情径行型はお手本にさせていただいたもんだ。

精神が自由で柔軟だったのだろうな。
有名人は泥臭いことをしなかった時代に偉かった。
エンターテナーの仕事でも彼の存在が60年代後半のニューシネマの方向を示しその担い手。

ブログから
ブロードウェイの舞台「ピクニック」の演技で米ワーナー・ブラザースと専属契約を結ぶ。
54年『銀の盃』で映画デビュー。
56年の主演作『傷だらけの栄光』で、実在のボクシング世界王者、
ロッキー・グラシアを徹底した役づくりで熱演し、注目を集めた。

 58年『熱いトタン屋根の猫』でアカデミー賞主演男優賞に初ノミネート。
61年『ハスラー』では英国アカデミー賞の主演男優賞に輝く。
58年に結婚したジョアン・ウッドワードを主演に起用し、『レーチェル レーチェル』(68)で初監督に挑戦。
アカデミー賞作品賞など4部門で候補になった。

 何度も主演男優賞候補に挙がりアカデミー賞では常連だったが、初めて個人で
オスカーを手にしたのは86年の『ハスラー2』。実に当時では最多、7回目のノミネートでの戴冠だった
(主演男優賞ノミネートは通算8回、受賞は1回)。

 60年代末からは、アメリカン・ニューシネマの担い手として活躍。
ロバート・レッドフォードと組んだ『明日に向って撃て!』(69)が大ヒットし
、同じコンビによる『スティング』(73)はアカデミー賞作品賞を受賞。
『タワーリング・インフェルノ』(74)などの超大作でも存在感を放ち、スターの地位を不動のものとした。

 スティーヴ・マックイーン、バーブラ・ストライサンドらとともに製作会社ファースト・アーティスツを設立。
主演し、初めて製作も手がけた『レーサー』(69)を機に、カーレースに魅せられ44歳でプロレーサー・デビュー。
75年に自らのレーシング・チームを結成し、デイトナ24時間レース5位、ル・マン24時間レース2位などの記録を残している。

ニクソン政権時代にはホワイトハウスが公表したブラックリストに載ったことも。
78年の長男の死をきっかけに、麻薬撲滅運動にも乗り出している。
 その後、80年代に入り『スクープ・悪意の不在』(81)、『評決』(82)などの社会派作品でさらに演技派としての評価を高める。
一方、82年に設立した食品会社「ニューマンズ・オウン」で発売したサラダドレッシングやスパゲティ・ソースが
世界的なヒット。
その純利益を全額、恵まれない子どもたちに寄付した功績を認められ
、93年のアカデミー賞でジーン・ハーショルト友愛賞をおくられている。

 その後も『ノーバディーズ・フール』(94、ベルリン国際映画祭男優賞)、『ロード・トゥ・パーディション』
(02、初のアカデミー賞助演男優賞候補)など精力的な活動を続け、06年のディズニー=ピクサーのフルCGアニメ『カーズ』では声優も務めた。

 昨年5月に出演したABCの番組で、高齢による演技力、記憶力の低下を理由に俳優からの引退を表明した。

 81~85年には日産スカイラインのCMにも出演。
だが、映画のプロモーションでは1度も日本に来たことがなく
“未来日の大物俳優”の1人。
ラジオ紹介で賞に無縁であったのに3回受賞と言うがどうかな~。

我らの世代からの評価は社会改革参画をのぞけば
娯楽産業が日本に認知根ずく役割を果たした英雄。
今になってまともなるテレビジョンに一石を投じた人。

民放キー局の10月改編が出そろった。
視聴率が取れないとされていたドキュメンタリー番組を、
TBSとテレビ朝日がゴールデンタイムにぶつけてきたのが特徴。

「クローズアップ現代など硬派な番組が2ケタ視聴率を取り、世の中の風が変わってきた」(TBS)との読みがあり
、ライバルはずばりNHK。

ブログ・ニュースから
 TBSは水曜夜、3本の報道・ドキュメンタリー系新番組を連ねた。
なかでも「水曜ノンフィクション」は「高品質のドキュメンタリー」が軸という。
ゴールデン、プライム、全日ともに上半期4位に甘んじた同局では、プライムタイムの半分近い番組を入れ替える
“構造改革”に踏み切り、改編率(変更する番組の割合)は46・4%に達した。
吉崎隆編成局長は「人生や老後について『こんなはずじゃなかった』と思っている人が、
フィクションや笑いだけを求めているのだろうか。
冒険だが、一度真面目に世の中に向き合いたい」と、視聴者ニーズを見詰め直すことを強調した。

テレビ朝日「報道発 ドキュメンタリ宣言」のナビゲーターを務める長野智子
 テレビ朝日は報道局内にドキュメンタリー制作班を新設。
月曜の「報道発 ドキュメンタリ宣言」では、「『現象』ではなく『人間』にこだわり、
ニュースの真相に迫る」。
ライバルはNHKの「プロジェクトX~挑戦者たち~」や「プロフェッショナル 仕事の流儀」だという。
原一郎プロデューサーは「民放のゴールデンタイムからドキュメンタリー番組が姿を消して3年、
バラエティー中心の時間帯を“変革する”という高い志を持って制作に当たりたい」と意気込む。

 他の3局ではヒット作や、実績のある制作チームを核にした、手堅い番組編成が目につく。

 日本テレビの広瀬健一編成部長は「コンテンツも格差が如実に出てきた。
『ごくせん』や『24時間テレビ』など来るところには(視聴率が)ものすごく来るが、
新規のものはなかなか難しい」と現行路線継承の背景を説明する。

 同局では、ドラマ「斉藤さん」をヒットさせたプロデューサーや観月ありさらが再度タッグを組むドラマ「OLにっぽん」
に注目だ。人件費の安い海外へ業務委託をする“アウトソーシング”に翻弄される、日本企業の女性社員の奮闘を描く。

 またフジテレビでは、ドラマ「イノセント・ラヴ」で上半期の話題作「ラスト・フレンズ」のスタッフ
(プロデューサー、脚本、演出)を再結集させた。
兄が両親を殺害して天涯孤独になった少女(堀北真希)の、いちずな恋を描く。
 テレビ東京は同局の看板番組であるTVチャンピオンが9月で終了。これに伴い新番組「チャンピオンズ~達人の技が
世界を救う~」がスタート。TVチャンピオン16年の歴史で延べ約800人誕生した“日本一”たちが、
熟練の技で困っている人や団体、自治体などの悩み事を解決する。       

娯楽重視だった民放の編成姿勢へ、変化が生まれてきた。
篤姫効果も当然のこと今後に生かされよう。

エンターテナーメントの元祖地は浦安ではない。
東京の典型的な下町と言われてる浅草。

芸人の出自は浅草。
関西の楽しみの浪速道頓堀や宝塚みたいなもの。

京都はお金がいり大衆的ではない。
お坊ちゃんたる財閥御曹司総理・麻生の艶福家ぶりが今の基準世論で表に出れば
、間違いなくスキャンダラスに成ろうというお座敷遊びの4人の妾・祇園神楽坂銀座SKDレベルの京都。

たけしも欽ちゃんも寅さんの渥美清も、シミキン、ロッパも。
河原乞食と蔑まれてたのは美空ひばりの活躍してた頃さえであった。士農工商の身分の枠外の人。

赤塚不二雄が世に出したテレビの申し子・タモリなんぞ芸人の端くれでさえもアリャァシナイ。

六区街のビューホテルは開館の時檜風呂を使いたく宿泊。
レビューの楽しみの跡として懐かしみ偲んだものだ。

メキシコに託しての街おこしのカーニバルも定着した行事。
大正時代浅草6区街は往来が混み合って歩けないのをニュースで見た。
幼児期の当時は日本にテレビ放送網がないゆえニュースは映画観で見た。日本映画ニュース。
浅草寺・西に隣接する一角は日本最初の遊園地・「花やしき」。反対側の木馬館。

ここに光りを当てようとしている。
「第一回したまちコメディ映画祭IN台東」11月21日~24日
雷門から浅草寺までの仲見世480メートルにレッドカーペットを敷き詰める
ゲストは外国人にも参加させ人力車で乗り付け練り歩く企画もある。

企画責任者は井上ひさしゆえ遊びは本物。
それに総合プロジューサー・イトウセイコウだモノ。
本格的な映画祭ダ~~。

各国からのコメディ映画喜劇発祥の地
コメディ栄誉賞の譲与式、高田文夫・小林のりいち(三木
のり平の長男)三木のり平特集、若手芸能オーディツション
デーモン小暮の弁士
ウ~~ンこれは良い。

10月18日からの東京国際映画祭。
「第21回を契機に世界四大映画祭にしたい」。
伊田巽チェアマン(元エイペック会長でもある)
「カンヌ・ブエネチェア・ベルリンに肩を並べたい。」

六本木けやき通りにペットボトルで作ったグリーんカーペットを敷くエコロジーを訴えた映画祭。
さぁ~時代を射抜いてるのはどちらか?。
秋はいいな~^。
中山大臣にに遊びこころがあれば良かったのに。

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コメント

お日様だいすき
2008年9月29日12:42

せきやんさん  お仕事できますよ。

経産省、太陽光発電住宅に補助 購入に1世帯20万円

 経済産業省が2008年度にも導入する住宅向け太陽光発電補助制度の内容が明らかになった。太陽光発電機器を購入する世帯に約20万円を補助し、標準的な機器(約200万円)を約1割安く買えるようにする。補助制度をテコに家庭での普及を促し、家庭の温暖化ガス排出量の削減を進めるとともに、機器の量産と価格低下にもつなげる狙いだ。

 29日に政府が国会に提出する08年度補正予算案に90億円を計上する。補正予算が成立すれば、08年度中に個人が補助制度を利用できるようになる。 09年度予算でも約240億円を概算要求しており、経産省は08年度で数万戸、09年度で約10万戸の利用を見込んでいる。

[9月28日/日本経済新聞 朝刊]

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